11月15日、EU離脱を巡り英閣僚の辞任が相次ぐ中、メイ首相は緊急会見をした(写真=ロイター/アフロ)
英国と欧州連合(EU)は英国のEU離脱(BREXIT)をめぐって大詰めの交渉を続け、25日の緊急EU首脳会議で合意をめざしている。しかし、英国が当面「関税同盟」に残る合意案には、保守党内の強硬離脱派から反発が強まり、閣僚辞任が相次いだ。
メイ首相(保守党党首)の不信任もくすぶる。かりにEUとの間で離脱合意が成立しても、英国議会で承認されるかは不透明で、「合意なき離脱」に追い込まれる危険は消えない。2度の世界大戦を経てできたEUからの離脱は「欧州離脱」に等しい。英国はポンド危機による英国病にさいなまれるだろう。2019年3月末の離脱期限が目前だが、大混乱のなかで立ち止まり、BREXITを再考するときである。
弱体メイ政権下の大混乱
英国がEUとの間で歩み寄ったEU離脱協定案は、2020年末の移行期間中にアイルランドとの国境問題が解決しない場合には、問題解決まで英国全土をEUの関税同盟に残すというものだ。「合意なき離脱」という最悪の事態を回避する「ソフトBREXIT」といえる。難題の北アイルランドとアイルランドの国境管理問題は棚上げし、経済への打撃を防ぐ現実的な妥協案といえる。経済界などに一定の理解があるのはそのためだ。
メイ政権は閣議でこれを了承したが、EUからの「主権回復」を主張する保守党内の強硬離脱派の強い反発を招き、ラーブEU離脱担当相はじめ閣僚の辞任が相次いだ。すでにジョンソン外相やデービス前EU離脱担当相も辞任しており、BREXITをめぐってメイ政権の足元は大きく揺らいでいる。
そうでなくても、信任強化のかけに出た総選挙で敗退し、メイ政権は少数与党を余儀なくされている。仕方なく北アイルランドの地域政党、民主統一党の閣外協力で何とか政権運営にあたっている。その民主統一党も離脱協定案に反対するありさまだ。
こうしたなかでは、EUとの合意が成立しても、肝心の英議会で承認が得られるかは流動的だ。保守党の強硬派に民主統一党が反対に加われば、承認は危うくなる。野党・労働党は表向きは離脱協定案に反対しているが、「合意なき離脱」による大混乱を警戒して、労働党内のEU残留派あるいはソフト離脱派が賛成に回るという読みがメイ首相にはあるのかもしれない。
どちらにしても、弱体メイ政権による大混乱が続くのは避けられそうにない。薄氷を踏む英国政治は、ただでさえ不安定な世界の金融市場を揺さぶり、ポンド危機を招く恐れがある。
キャメロン前首相の原罪
英国をBREXITの大混乱に陥れたのは、キャメロン前首相の大きな罪である。EU残留の是非を問う国民投票を背景に、信認を得てEUに改革を突きつけようとした。当時のキャメロン首相は、メルケル独首相の全盛時代にEU運営がすべて独仏主導で押し切られることに不満を感じていた。ユーロ加盟国でも移動の自由を定めたシェンゲン協定のメンバーでもない英国は、EU内で「アウトサイダー」の立場にあった。
とくに、ユーロ危機がキャメロン首相の立場を苦しくした。危機のさなか、首脳たちが打開策に額を突き合わせていたとき、キャメロン首相は「英国はユーロに入っていなくてよかった」と知らぬ顔をした。この発言がEUの首脳のひんしゅくを買い、キャメロン首相はますます蚊帳の外に置かれることになった。キャメロン首相自身、1992年の英ポンドの欧州通貨制度(EMS)からの離脱に関わった経験があるだけに、通貨危機の怖さを肌で感じていたのだろう。
EU離脱をめぐる国民投票で、ひょう変したのは、キャメロン首相のライバルだったジョンソン氏だった。それまでEU残留を唱えていたのに、離脱派の急先鋒(せんぽう)に大変身したのである。その扇動的な演説は、ポピュリスト(大衆迎合主義者)そのものだった。
キャメロン首相は国民投票でEU残留を固める勝算はあったのだろうか。議会制民主主義の元祖・英国にあって、国民投票という直接選挙に危うさを感じない政治家はいないはずだ。キャメロン首相はもともとEU懐疑派である。国民投票に敗れても、それは国民の意思だから、それでいいと考えていたのではないか。
ブリュッセルのEU官僚(ユーロクラート)嫌いで有名なサッチャー首相も、EU残留で国民投票にかけるといった危険な選択は決してしなかったはずだ。保守党のリーダーとして欧州共同体(EC)加盟に熱心に取り組んできた。
キャメロン首相の大失策は戦後英国政治の歴史に残るものだろう。
チャーチルの誤算
英国にはかつての「大英帝国」への強い思い入れがある。しかし、それは幻想にすぎない。第2次大戦の英雄であり、戦後の国際秩序を築いた巨頭のひとりであるウィンストン・チャーチルですら、戦後世界における英国の位置づけを見誤っていた。
「欧州合衆国」構想をいち早く提起し、「欧州統合の父」ジャン・モネを大いに刺激したチャーチルだが、英国自身はこの「欧州合衆国」構想の内には想定していなかった。”not in,but with”(中にではなく、ともに)と述べている。このチャーチルの構想で、英国は欧州統合構想に乗り遅れる。
英国を警戒するドゴール仏大統領の拒否権発動もあり、英国のEC加盟は申請から実現まで12年の時間を要した。そこには、戦中のヤルタ会談に米国のルーズベルト大統領、ソ連のスターリン首相とともに参加したチャーチルの大国意識が潜んでいた。戦後世界は米英ソの超大国によって運営されるという誤った世界観があった。もちろんチャーチルは英国の力の衰えを肌で感じてはいたが、大国意識がなかなか抜け出せなかったのである。
EU依存で英国病を克服
戦後の英国病に悩まされ続けた英国が再生できたのは、サッチャー首相の改革による面もあるが、それ以上にEU依存、外資依存の経済構造を築き上げたことが大きい。
英国経済は輸出入ともEU依存が大半で、自由で巨大なEU市場に照準を合わせて外資が導入された。日米などの外資は、英国一国ではなくEU市場全体を視野に入れていた。英国の外資依存は他の先進国より圧倒的に高く、ウィンブルドン現象と呼ばれるほどだ。空港、港湾、電力、水道など基本的な社会インフラまで外資依存である。英国はEU全体のサプライチェーンの核になってきた。
そのEUからの離脱はどんなソフト離脱であっても、英国経済への影響は大きい。まず世界の金融センターとしての地位を維持してきたロンドン・シティーの座が揺らぎ始めている。
揺らぐシティーの座
フランクフルト、パリ、アムステルダム、ブリュッセル、ウィーン、ダブリンなどに金融機能の移転が始まっている。ユーロに加盟していないのに、シティーはユーロ取引の拠点だったが、それが欧州大陸に移るのは必至だ。パリは積極的な誘致活動をしている一方で、フランクフルトはあまり積極的でないという違いはある。欧州中央銀行(ECB)のあるフランクフルトは、放っておいても金融センターになれると踏んでいるからだ。そのための基礎インフラの建設が追いつかないため、徐々に進めようとしているのだ。
ロンドンにあった欧州医薬品庁(EMA)がアムステルダムに移転するのも、英国経済にとって大きな痛手だろう。IT(情報技術)に続く今後の成長分野は、医薬品だとされる。その拠点が英国から消えるのは英経済の成長の源泉を失うことになりかねない。
深まる英国の分裂
BREXITは英国の分裂を加速する危険がある。それは地域間の亀裂、世代間の断裂に及ぶだろう。
EU残留を支持したのは、都市部とみられがちだが、そうではない。ロンドンだけでなく、スコットランドもEU残留を強く支持している。国境問題の焦点である北アイルランドも残留支持が多い。BREXITを受けて、スコットランドは独立機運をさらに高め、独自にEU加盟をめざす可能性がある。北アイルランドとアイルランドの統合問題も浮上するだろう。そして、シティーを抱えるロンドンにも独立論が出てくるかもしれない。
かつての「大英帝国」が「リトル・イングランド」になりかねない。
EU市民に慣れた若者と「昔は良かった」症候群に陥った高齢層との断層も広がるだろう。BREXITは、大学交流や職場確保などEUを前提に育ってきた若者の未来を奪うことになりかねない。BREXITは英国社会を分裂させる不毛の選択である。
EU離脱は欧州離脱と同義
EUから離脱しても「欧州」には残るというのが英国内の大方の見方だろう。EUは単なる「国際機関」にすぎないから、離脱しても影響は小さいという見方さえある。
しかし、EUは2度の世界大戦を経てできた「平和の組織」である。単なる経済同盟を超える存在である。EUとして結束しているからこそ、トランプ大統領の暴走や中国、ロシアなどの強権政治に対峙できる。
EUは自由で民主的なグローバル・パワーとしての存在感を高めるはずだ。とりわけ、地球温暖化防止や個人情報保護など人権に即したルール・メーカーとしての役割が大きい。
そのEUからの離脱は「欧州離脱」に等しい。欧州には北大西洋条約機構(NATO)があるが、それは米欧同盟である。米欧同盟に亀裂が深まるなかで、EU内にはマクロン仏大統領を中心に「欧州軍」創設の動きが強まっている。EUから離脱すれば、英国はここでも取り残されるだろう。
国民投票の再実施を
メイ政権下でのEU離脱交渉を通じて、BREXITの矛盾が露呈した。メイ首相は2016年の国民投票の結果を尊重し、国民投票の再実施はないと繰り返しているが、BREXITをめぐる大混乱が続けば、それだけで、英国経済は打撃を受ける。ここはいったん立ち止まる勇気が求められる。EUも2019年3月末の離脱期限にこだわらず、英国の出方を見守る度量が必要だろう。
最近のユーガブによる世論調査ではEU残留支持が46%と、離脱支持の40%を上回っている。国民投票の再実施を求める意見は過半を占め、反対を大きく上回っている。メイ政権はBREXITをめぐって窮地にあるが、政権の命運がどうあれ、英国民の声を問い直すことだ。BREXITを再考することこそ、成熟国家、英国の知恵であるはずだ。
Powered by リゾーム?