とくに、マクロン大統領が当初から掲げてきた財政統合などユーロ改革が身動きを取れなくなる事態も予想される。ドイツの連立協議を自民党が離脱した背景には、マクロン大統領のユーロ改革路線への反発があったとみられるだけに、ドイツ政治混迷の影響は避けられないだろう。

 ユンケル欧州委員会委員長はマクロン仏大統領の登場で「EUに追い風が吹いている」と楽観論を展開したが、ドイツの政治空白が長引き、肝心の独仏連携に支障が生じれば、EU統合は再び「逆風」に見舞われることになりかねない。

欧州に亀裂は広がるか

 メルケル与党が事実上「敗北」した総選挙を分析すれば、そこには欧州に広がる亀裂がみてとれる。メルケル首相自身が育った旧東独で極右の台頭を許したのは、かならずしも経済からではない。ドイツ経済を筆頭にユーロ経済は好調を持続している。そこにあったのは、何とはなしの疎外感や「昔はよかった」という感情だったと専門家はみる。「そうした感情が高齢化社会でさらに広がった」とドイツ銀行のチーフ・エコノミスト、ステファン・シュナイダー氏は分析する。

 そうした「感情」がEU内の旧東側諸国に広がれば、まさに冷戦時代への逆戻りである。EUはユーロ危機で「南北対立」が鮮明になったが、難民危機などをめぐって、こんどは「東西対立」が鮮明になる恐れがある。それは、EUの「小さな亀裂」にとどまるか「深い分断」につながるか注視しなければならないだろう。

BREXIT交渉に影響必至

 メルケル独首相が窮地に陥ったことは、ただでさえ国内基盤が弱いメイ英政権のEU離脱交渉にも大きな影響を与えるだろう。EU離脱交渉は英国の「清算金」など入口で話し合いは頓挫し、移行期間の設定や離脱後の通商協定などの協議に入れない状況だ。メイ政権は、政権内で強硬派のジョンソン外相とソフト離脱派のハモンド財務相の不一致があるうえに、相次ぐ閣僚辞任で政治基盤の劣化が目立っている。このままでは、英政権としての提案を固め切れず、2019年3月の交渉期限には、何も決まらない「サドンデス離脱」さえ予想されている。

 メイ首相の唯一の「救い」は、表向きは「英国の良いとこ取りは許さない」と言いながら、経済関係への配慮から柔軟姿勢ものぞかせるメルケル首相だったといえる。メイ首相にすれば、12月のEU首脳会議で打開の道をみつけ出したいところだったが、肝心のメルケル首相が窮地に陥っているなかでは、頼みにはしにくだろう。英国の将来を決めるBREXITはドイツ政治の空白に揺さぶられることになりかねない。

混迷世界に波紋

 メルケル独首相が窮地に陥ったことは、「米国第一主義」を掲げるトランプ大統領の登場で混迷する世界に、さらなる波乱をもたらしかねない。トランプ大統領以外にも世界には、習近平中国国家主席、プーチン・ロシア大統領、エルドアン・トルコ大統領ら強権政治家が目立つなかで、メルケル首相は自由と民主主義という基本理念とともに持ち前の寛大な思想にもとづいて「世界のアンカー役」として長く国際社会の信認を集めてきた。

 自由貿易の推進や地球温暖化防止など、国際システムの再構築が求められているだけに、その役割はさらに高まるとみられてきた。マクロン仏大統領との連携による独仏連携はEU再生だけでなく、国際システムの再建に主導的役割を期待されてきた。それだけに、メルケル首相が窮地を脱することができなければ、その痛手は大きい。

 「鉄の女」を超えたメルケル首相の土壇場での底力と、それを受け入れるドイツ政治の成熟度に期待するしかない。

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