ドナルド・トランプ氏が米国の次期大統領に選出されたことは世界を揺さぶっているが、なかでも来年春に実施されるフランスの大統領選挙への波及が懸念される。トランプ氏と同様、排外主義を掲げる極右・国民戦線のマリーヌ・ルペン党首がトランプ旋風に乗ってどこまで勢力を拡大するかである。それしだいで、英国の離脱決定で大揺れの欧州連合(EU)の危機が深まるおそれがある。トランプからルペンへの飛び火をどう防ぐか、国際社会の新たな連携が試されている。

TPPから“新TPP”への危険
トランプ氏の勝利を最も歓迎しているのは、ロシアのプーチン大統領とともに、フランスの極右、ルペン氏だろう。ルペン氏はトランプ登場で「仏大統領になる可能性が一気に高まった」(BBCテレビ)と公言している。さらに、自分が仏大統領になれば、「トランプ米大統領、プーチン・ロシア大統領とともに世界の指導者3人組が誕生し、世界平和のためになる」とまで述べている。
トランプ登場でTPP(環太平洋経済連携協定)は大きく後退したが、世界は新TPP(TRUMP=PUTIN=LE・PEN)の時代になるというのだろうか。
トランプ氏の当選について、フランスのオランド大統領は「不安定な時代の始まりになる」と警鐘を鳴らし、ドイツのメルケル首相は「人権と尊厳は出身地、肌の色、性別、性的嗜好、政治思想を問うことなく守られるべきだ」とトランプ氏の差別主義に警告した。ルペン氏の歓迎論とは大きな差がある。
排外主義の本質変わらず
父親のジャン=マリー・ルペン氏が粗野な極右だったのに対して、その後継者で娘のマリーヌ・ルペン氏は、洗練された極右といえる。「歯止めのないグローバル化、破壊的な超自由主義、民族国家と国境の消滅を拒む世界的な動きがみられる」と分析している。
まるで、フランスの論客、エマニュエル・トッド氏や米国のノーベル賞経済学者、ジョセフ・スティグリッツ教授の見解とみまがうほどだ。だから、日本の識者の間にさえ「ルペン氏を極右と決めつけるのはいかがなものか」といった声すらある。
しかし、ここは覚めた目が求められる。1980年代半ば、日本経済新聞のブリュッセル特派員として、欧州情勢を取材していた筆者は、欧州議会などに浸透するジャン=マリー・ルペン氏の仏国民戦線に大きな脅威を感じたものだ。記事の扱いは小さかったが、極右の台頭を危機感をもって報じた。それはブリュッセル駐在のジャーナリストたちに共通した感覚だった。当時は「ルパン氏」と表記されていたが、怪盗ルパン(LUPIN)と区別して「ルペン氏」と呼ばれるようになった。
反ユダヤ主義のならず者とみられていた国民戦線は時間の経過とともにフランスに定着し、大統領選にまで顔を出すようになった。反ユダヤ主義を封印するなど、いまや洗練された極右として支持を広げている。しかし、一見いかに洗練されたようにみえようと、排外主義の本質に変わりはない。この点は忘れるべきではない。極右の台頭に身を任せる危険は、歴史が教えている。
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