「独立」か「孤立」かで、欧州が揺れている。欧州連合(EU)からの「独立」をめざす英国の離脱交渉は難航を極め、メイ首相は政権存続の危機にさらされている。スペインから一方的に独立を宣言したカタルーニャ州は、自治権停止を突きつけられ、情勢は緊迫化している。もちろんリスボン条約50条に基づく英国のEU離脱交渉と、憲法違反とされるカタルーニャの独立宣言を同次元で論じるわけにはいかない。国家と自治体を比べるのも間違いだろう。しかし、「独立」への想いが結局は「孤立」につながりかねないという点では似ている。グローバル経済のもとで「孤立」は経済危機に直結する。
孤独感漂うメイ英首相
ブリュッセルでのメイ英首相には孤独感が漂っていた。10月19、20日に開いたEU首脳会議を取材して際立っていたのはこの点だった。「EU離脱交渉を次の段階に進めなればならない明白で切迫した理由がある」と交渉進展を懸命に訴えるメイ首相に対して、各国首脳の反応は冷たかった。ユンケルEU委員長は「メイ首相の努力は足りない」と突き放し、マクロン仏大統領は「合意までまだ半分も行っていない」と厳しかった。
焦点の「清算金」について、EU側が英国に具体案を求めたのに対して、メイ首相は英国に支払い義務があるかどうかを点検するとして、合意にはいたらなかった。入口で協議が頓挫したため、英国が求める2019年3月に予定される離脱後の「移行期間・2年間」の設定も、EUとの通商協議も先送りされた。
記者会見でもメイ首相は必死の形相が目についた。これ以上、BREXITで自身を瀬戸際に追い詰めないでほしいという思いがにじんでいた。靴好きで知られるメイ首相は豹柄の勝負靴をはいていた。しかし、その足元はどこか寒々とみえた。
EU内だけでなく、メイ首相は英国内でも孤立感を強めている。EU離脱強硬派のジョンソン外相らと、ソフトBREXITを模索すべきだとするハモンド財務相との閣内不統一も目立つ。漁夫の利を得た労働党の左派、コービン党首の人気は不気味だし、野に下りジャーナリストに転身したオズボーン元財務相の存在も気になるだろう。
ブリュッセルの専門家の間には、メイ首相はこのままでは、EU離脱交渉を全うできず、次の政権に委ねることになるという見方が有力になっている。
10月20日、欧州連合(EU)首脳会議に出席し、EUからの離脱交渉の進展を懸命に訴えた英国のメイ首相。(写真:Dan Kitwood/Getty Images)
マクロン仏大統領との落差
EU首脳会議で、メイ首相と対照的だったのは、若きマクロン仏大統領の威勢の良さだった。EU首脳会議後の記者会見はせいぜい30分で切り上げるのがふつうだが、マクロン大統領は得意分野の「デジタル欧州」を中心に1時間も滔々と語り続けた。肩パッドの入ったような紺の背広で小柄な体を大きく見せるのは、ナポレオンに習っているようだし、わかりやすい語り口はドゴールに学んでいるともいわれる。
EUのリーダーとして期待されるマクロン大統領だが、最も強く意識しているのは仏独連携である。1時間の記者会見でユーロ予算やユーロ財務省の創設など財政統合によるユーロ改革は封印した。メルケル独首相がFDP(自由民主党)と緑の党の「ジャマイカ連合」の形成に苦労しているときだから、FDPが嫌がる財政統合にはあえて触れなかったのだろう。BREXIT後のEU再生も盟主であるメルケル首相抜きでは進まないことをマクロン大統領はよくわかっている。
英離れでポンド危機の恐れ
「BREXITはEUより英国経済に大きな打撃を及ぼすことになる」。ブリュッセルのシンクタンクであるブリューゲルのガントラム・ウルフ所長はこう警告する。「英ポンドはすでにユーロに対して15%下落しているが、さらに下落は避けられない」とウルフ氏は分析する。
ドイツ銀行のチーフ・エコノミスト、ステファン・シュナイダー氏は「ステータス・クオ(もとからある状態)を崩すことによる英国経済へのリスクは大きい」とみる。
BREXITでロンドンから欧州大陸へ主要金融機関の移転の動きが強まっている。米ゴールドマン・サックス・グループのロイド・ブランクファイン最高経営責任者(CEO)は「良い出会いがあり、天気も良い。フランクフルトで過ごす時間が増えるのでよかった」と述べ、フランクフルトへの移転に意欲をみせた。日本の金融機関のフランクフルト詣でも活発で、宿泊したホテルでは首脳の顔もみかけた。
「フランクフルトは退屈な街だという見方もあるが、パリでは英語が通じる確率は半々だ」とシュナイダー氏は語る。どちらにしろ、金融機関の欧州大陸シフトは鮮明だ。
英国経済はEU依存、外資依存で成り立ってきた。外資流出の連鎖が広がれば、ポンド安を通り越してポンド危機に陥る危険がある。そうなれば、スタグフレーション(景気後退と物価高の同時進行)は避けられず、第2次大戦後の「英国病」が再発することになりかねない。
熱狂の先にあるもの
EU首脳会議の影の主役はスペインのカタルーニャ州だった。どの記者会見でもカタルーニャ独立問題が話題になった。本来、スペインの内政問題であるはずのこの問題に関心が集まったのは、英国のスコットランド、ベルギーのフランドル、フランスのコルシカ島、イタリア北部のロンバルディア州やベネト州、スペイン北部のバスクなど「独立」機運や自治権拡大の連鎖が起きる火種があちこちにあるからだろう。
スペインのカタルーニャ州議会は住民投票を受けてスペインからの独立を宣言した。これに対して、スペイン政府は自治権を停止し、プチデモン同州首相を解任して直接統治に乗り出すなど強硬措置をとり、事態は緊迫するばかりになっている。
カタルーニャ州独立問題の背景には、この連載の10月13日付記事「試されるカタルーニャ文化の普遍性」で書いたように、民俗性と普遍性をもつカタルーニャ文化のあり方が深くからんでいる。戦中、戦後のフランコ政権による強圧政治の歴史を抜きに語ることもできない。
問題は、「独立」への熱狂の先に何が待ち受けているかである。カタルーニャ州は独立後、EUに加盟することをめざしているが、EUのトゥスク大統領は「我々が対話するのはスペインだけだ」と取り合わない姿勢だ。それどころか、仏独英といったEU主要国がスペイン中央政府を支持し「独立」を認めない方針を示しているほか、米国の国務省も「カタルーニャはスペインの一部」とするなど、国際社会の姿勢は鮮明である。
スペイン・カタルーニャ州議会による「独立宣言」を主導したとして、スペイン政府から州首相の職務を解任されたプチデモン氏。(写真:Anadolu Agency/Getty Images)
「独立」が招く経済危機
最大の問題は、カタルーニャ「独立」が経済危機を招くことだ。スペイン第2の都市、バルセロナを中心とするカタルーニャ州はスペインの国内総生産(GDP)の2割を占め、産業、観光などを軸に大きな経済力をもっている。「独立」機運が高まったのも、ユーロ危機の打開のため同州の富がスペインの他の地域に回されるという分配への不満が大きな理由である。
しかし、豊かなカタルーニャ州も「独立」すれば、経済難に苦しむことになるはずだ。事実、「独立」機運のなかで、カタルーニャ州からの本社移転を計画する企業は1500社を超す。中央政府とのあつれきも相まって、観光ビジネスの低迷など、同州は経済危機に見舞われる恐れがある。
それはスペイン経済全体に跳ね返る。スペインはユーロ圏の弱い輪である「PIIGS」の一角として、ユーロ危機のさなかにあった。最近ようやく危機を克服しかけたばかりである。カタルーニャ「独立」をめぐる混乱が長期化すれば、経済危機は再び深刻化しかねない。それはスペインの株価下落に早くも表れている。
緊張のあと和解への道はあるか
「スペインあってのカタルーニャ」であり、「カタルーニャあってのスペイン」であるはずだ。緊張のあと和解への道をどう見いだせるかが試されている。ラホイ首相はじめスペイン中央政府は強権化で事態を打開しようとしているが、憲法違反とはいえ住民投票への強権介入など行き過ぎだった。一方で、夢はあっても具体的な展望もない「独立」を掲げて扇動するプチデモン氏らも無責任である。
カタルーニャ文化の本質は「平和」である。それは「和解」の精神である。カタルーニャはアルベニス、グラナドス、カザルスはじめ世界に誇る音楽家を輩出した地域である。音楽が美しいのは「緊張」のあと必ず「和解」がくるからだ。
世界のどの国もスペインの「内政問題」に仲介の労を取ろうとはしないだろう。先人の文化と知恵に学び和解を急ぎ、カタルーニャ「孤立」を防ぐ道を探るしかないだろう。
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