トランプ大統領が着実な出口戦略に実績のあったイエレンFRB議長をあえて交代させ、エコノミスト経験のないパウエル理事を議長に起用したのは、FRBに「トランプ印」を設けようという狙いからだった。そのパウエルFRB議長は雇用拡大など好調な米国経済をみて、着実に利上げ路線に取り組み、市場の評価を得ている。それが「低金利好き」の大統領のお気にめさなかったらしい。
とくにパウエルFRB議長が「政治には配慮しない」と公言し、中央銀行の独立性に根差した強い態度を示しているだけに、なおさらだろう。中央銀行の独立性は、自由で民主的な資本主義国家にとって最も重要で基本的な条件である。人民銀行が中国共産党の支配下に置かれる国家資本主義の中国との違いはそこにある。中央銀行に政治が介入すれば、市場の信認は失墜し、通貨の信認を揺るがすことにもなる。
さすがにムニューシン財務長官やクドロー国家経済会議(NEC)委員長ら経済閣僚は「FRBの独立性」を尊重することを強調しているが、トランプ大統領が「強権」を発動しようとするとき、それを制することができるか疑問である。FRBへのトランプ大統領の介入は、「米国の時代」の終わりにつながる可能性がある。
貿易戦争に「通貨」からめる
トランプ政権は、貿易戦争に「通貨」をからめる戦略を打ち出し始めている。ムニューシン財務長官は日本と物品貿易協定(TAG)交渉について「為替問題は交渉の目的の一つだ」と述べた。通貨安誘導を防ぐ「為替条項」をTAGにも盛り込む構えだ。日本政府はTAG交渉で為替を取り上げないとして反発しているが、「トランプ安倍連合」(TAG)とも呼べる物品貿易協定交渉は、入り口から難航必至の状況である。
「為替条項」はすでに北米自由貿易協定(NAFTA)を見直した米墨加協定(USMCA)に盛り込まれている。この協定には「為替介入を含む競争的な通貨切り下げを自制する」ことが明記されている。問題は、この「為替条項」が数量規制による「管理貿易」と連動しているところにある。
日本とのTAG交渉では、農産物関税の環太平洋経済連携協定(TPP)を上回る引き下げ、米国の自動車関税引き上げとからめて、「為替条項」と「管理貿易」をセットで持ち出す恐れがある。
日銀の超金融緩和が「円安誘導」にあたるという疑念が強まれば、日銀の金融政策がターゲットにされる可能性もある。出口戦略で先を行くFRBや欧州中央銀行(ECB)に比べて、日銀の出遅れが目立つだけに、為替のための金融政策は運営しないという立場の日銀も苦しい立場に追い込まれるだろう。
日銀の金融政策がトランプ大統領の圧力を受けた安倍晋三首相の意向を忖度して修正される事態になれば、ここでも中央銀行の独立性が問われるだろう。
機能しないG20協調
世界同時株安のさなかに開いたG20財務相・中央銀行総裁会議は、貿易戦争にも市場の波乱に対しても共同声明さえまとめられず、通貨当局の無力をさらけだす結果になった。議長国であるアルゼンチンのドゥホブネ財務相は「世界経済は下方リスクが表れ始めた」と総括しただけで、貿易戦争は「当事国で解決を」と呼びかけるしかなかった。
G20の財務相・中央銀行総裁会議は1997年のアジア通貨危機を受けて、先進国だけでなく新興国を入れて協調の枠組みをつくるために設けられた。さらにリーマン・ショックを受けて、首脳レベルによるG20首脳会議が始まった。「G20の時代」が来るという期待感もあった。そのG20が機能不全に陥っているのは深刻である。リーマン・ショックが比較的短期間で収束できたのは、そこに国際協調の枠組みができていたからだ。G20の機能不全は、その国際協調が機能しなくなったことを示している。
危機は繰り返される
国際協調が機能不全に陥るなかで、危機は繰り返されるのだろうか。トランプ大統領は、戦後の世界に定着してきた多角的な自由貿易体制を否定し、2国間主義による「管理貿易」をめざしている。その背景にあるのは2国間の貿易赤字を「損失」と考える誤った経済観である。マクロ経済学では、経常収支を決めるのは貯蓄・投資バランス(ISバランス)である。2国間の貿易収支を均衡させるという発想そのものが大きな誤りである。グローバル経済の相互依存が深まっているなかで、単純な損得勘定は通用しない。
危険なのは、金融政策へのあからさまな介入である。米国ではFRBの独立性は長く維持されてきた。とりわけインフレと闘ったボルカー議長や株価急落を乗り切ったグリーンスパン議長は市場の信認を高め「大統領に次ぐNO2」の存在になっていた。大統領の信認が厚かったのはいうまでもない。いまのところパウエルFRB議長に対する市場の信認は高いが、トランプ大統領の圧力にひるみ、利上げ路線を修正する事態になれば、市場を大きく揺るがし、危機を増幅することになりかねない。
貿易戦争にからんだ為替への介入も危険である。米通貨当局はこれまでもプラザ合意後などに「口先介入」に動いたこともあったが、そこには市場の反応を読み込んだ洗練された戦略があった。思いつきの発言は、市場を混乱させるだけである。
もちろん、トランプ大統領の誤った「信念」を変えるのは至難だろう。米国社会には大統領の言動がどうあれ全面的に支持する一定の強固な基盤がある。しかし、「トランプ慣れ」ほど危険はない。
トランプ暴走の影響をまともに受ける米国の経済界、消費者、それに経済学者やジャーナリズムは、トランプ批判を徹底することだ。それは国際的責務でもある。日欧の同盟国もトランプ大統領を粘り強く説得するしかない。トランプ大統領自身が危機の震源であるかぎり、世界同時株安の危機は繰り返されることになるからだ。
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