カザルスの演奏によって、この曲はチェロ音楽の最高峰になった。バッハ音楽の幅も広げられた。それはカザルスの新天地を開くことになる。呼吸音とも掛け声ともつかないカザルスの声を伴う演奏は、詩と精神性に貫かれている。

 バッハとともにカザルスを世界に知らしめたのは、生まれ故郷、カタルーニャの民謡「鳥の歌」である。ケネディ米大統領主催の晩さん会でも、フランコ政権の圧政に苦しむ人々の思いを胸に平和への願いを込めて、この民謡を弾いた。「鳥の歌」は平和の音楽として、世界に広がった。

普遍性と民俗性

 カザルスのチェロは、バッハという普遍性と「鳥の歌」という民俗性を共有し、それを昇華させた。そこにはスペイン内戦で故郷に帰れぬ希有のチェリストの苦悩がにじみ出ている。

 歴史をさかのぼれば、故郷カタルーニャについに帰れなかった音楽家もいる。ナポレオン時代にパリで一世を風靡したギタリスト兼作曲家、フェルナンド・ソルである。親ナポレオンと見なされ亡命を余儀なくされた。「ギターのベートーベン」と呼ばれるソルは、スペイン的なるもの、カタルーニャ的なるものをあえて一切排除し、純古典を貫いた。代表作である「モーツァルトの魔笛の主題による変奏曲」は華麗で格調高い古典の名曲だ。

 これに対して、カタルーニャの民俗音楽に徹したギタリストもいる。ミゲル・リョベートである。「アルハンブラ宮殿の想い出」で有名なフランシスコ・タルレガの高弟で、アンドレス・セゴビアも教えている。カタルーニャ民謡の「アメリアの遺言」や「盗賊の歌」などを発掘し民謡集として編曲・編纂した。やさしさあふれる民謡曲で多用されるのは「ハーモニクス」と呼ばれる弱くて透き通った繊細な音色である。

 そのリョベートはしかし、流派は違っても故郷の大先達に敬意を失わなかった。「ソルの主題による変奏曲」は超絶技巧の名曲だ。

 普遍性か民俗性かはいつの時代の音楽にも問われる。同じスペイン国民楽派と位置付けられるピアニスト兼作曲家のイサーク・アルベニスとエンリケ・グラナドスだが、その作風は微妙に違う。

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