そのメキシコはトランプ政権との協議で、北米自由貿易協定(NAFTA)を米墨加自由貿易協定(USMCA)に切り替えることで合意したが、「米国第1」の色彩が濃く、数量規制による管理貿易や為替条項が盛り込まれている。ブラジル経済が低迷し、アルゼンチン経済も深刻な危機に見舞われるなかで、メキシコだけが中南米のアンカー役を担うのにも限界がある。トランプ排外主義は中南米全体を揺るがす。トランプ発の中南米危機は「極右ポピュリズム」の台頭を許す温床になっている。

「ムッソリーニの再来」の挑戦

 イタリアの連立政権は左派の「五つ星運動」と右派の「同盟」の左右両派のポピュリスト政権である。大学教授で政治経験のないコンテ首相が表向きは采配を振るう形だが、実権を握るのは五つ星運動党首のディ・マイオ副首相と同盟党首のサルビニ副首相である。とりわけ「ムッソリーニの再来」との異名のあるサルビニ副首相の存在感は大きい。

 EU内ではあちこちで極右勢力が台頭しているが、EUの原加盟国で主要国である国の政権を極右ポピュリストが牛耳るのはイタリアだけである。フランスでは大統領選で極右、国民戦線のルペン党首を封じ込め、若きマクロン大統領を誕生させた。ドイツではメルケル政権は社民党との連立の組み方に腐心しながらも、進出する極右「ドイツのための選択肢」に待ったをかけた。オランダも総選挙で極右のウィルダース自由党党首の進出を阻んだ。それだけに、イタリアの政権が極右ポピュリスト支配に陥ったのは大きな衝撃である。

 内相を兼務するサルビニ副首相は、北アフリカからの難民受け入れを拒むなど移民、難民排斥にまず「実績」を示そうとしたが、今度はEUへの挑戦に動き始めている。

後退する財政再建目標

 サルビニ副首相はEUやユーロからの離脱を考えてはいないが、EUの財政規律路線を目の敵にしてきた。3月の総選挙では聞こえの良いポピュリスト政策を並べたてて勝ち上がってきただけに、公約実現を試されている。

 コンテ・イタリア政権は9月末、2019-21年の3年間の経済財政計画を決定した。財政赤字のGDP比は2・4%とEU基準(同3%)以内に収めたが、2021年までに同0・2%の黒字化を達成するという目標は後退した。イタリアの長期債務残高のGDP比は130%とギリシャ(同180%)に次いで悪い。景気は緩やかに回復してきたものの、失業率は10%を超えるうえ、銀行システムの懸念が残り、ユーロ圏の最大の不安要因であることに変わりはない。財政規律が緩めば、不安はさらに高まる。

 そんななかでユーロ圏の財務相たちはイタリアに「財政ルールを順守せよ」と警告している。EUはイタリアに予算修正を求める構えである。イタリアのポピュリスト政権とEUのズレをみて、イタリアの長期金利は一時4%台に上昇しており、混迷はさらに続く。

広がる排外主義

 イタリアのような主要国ではないが、極右ポピュリストが政権を牛耳るEU加盟国がある。ヒットラーを生んだ国、オーストリアである。極右政党、自由党党首のシュトラッヘ副首相は日本経済新聞のインタビューで、難民を多く受け入れたドイツのメルケル首相の判断を「無責任だ」と公然と批判した。難民受け入れに寛大すぎたメルケル首相の政策姿勢は、メルケル首相本人が反省しているが、EUの盟主であるメルケル首相へのあからさまな批判は、EUの求心力が低下している証しだろう。

 そうでなくでも、難民問題をめぐってEUと旧東欧圏のあつれきは強まっている。ポーランドやハンガリーは、メルケル政権主導のEUの難民受け入れ分担に強く反発してきた。司法の独立をめぐってもあつれきがある。EUはポーランドが施行した最高裁判所に関する新法について、司法の独立を侵害するとしてEU司法裁判所に提訴することにした。欧州議会はハンガリーに対して表現の自由や人権保護などEUの基本的価値に制裁手続きの開始を求めている。

 こうしたEUの動きに、ポーランドとハンガリーはEUの全会一致原則をたてに、互いに発動を阻止する構えだ。

 冷戦終結直後、筆者はポーランドを訪れ、外務省幹部と会見したが、驚いたのはEUへの早期加盟に強い意欲を示したことだった。EU加盟後も「優等生」として振る舞ってきた。そのポーランドはいま排外的な強権政治で、ポーランド出身のトゥスクEU大統領の頭痛の種になっている。

バノン氏がめざす「極右連合」

こうした排外主義の広がりは、トランプ主義の影響が大きい。トランプ政権を去ったが、極右ポピュリストのスティーブ・バノン氏はトランプ大統領を大きく動かした。トランプ主義の原点はバノン主義といっていい。米中間選挙を前に、共和党はトランプ人気に頼りきりで、トランプ大統領に乗っ取られたといえる。

 政権を去ったバノン氏がめざすのは、「極右連合」の形成である。イタリアのサルビニ副首相、オランダのウィルダース自由党党首、ハンガリーのオルバン首相らとの連携を模索している。狙いは来年の欧州議会でのEU懐疑派の勢力拡大である。

 これは、欧州極右のさきがけとなったフランスのジャン=マリー・ルペン氏がとった戦略を見習うものだろう。冷戦末期、筆者は欧州議会選挙を取材したが、極右ルペン氏の台頭は衝撃的だった。もっとも、ルペン氏の娘、マリーヌ・ルペン氏が、「バノン氏には欧州を救えない」と一定の距離を置いているのは皮肉である。

危険な「トランプ慣れ」症候群

 危険なのは、いま世界に「トランプ慣れ」が広がっていることである。米国経済が好調を維持していることで、トランプ主義にも「まあいいか」という風潮が出てきている。

 しかし、そのトランプ主義がいま世界で極右ポピュリズムの台頭を許しているのは間違いない。源にあるトランプ大統領の排外主義を直視し、警告し続けない限り、排外主義は連鎖の輪を広げるだろう。それは世界経済を停滞させ、民主主義を後退させて、世界を深刻な危機にさらすことになる。極右台頭を座視した結果が何をもたらしたか。戦前の苦い教訓に学ぶときである。

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