トランプ大統領は各国との貿易赤字を「損失」と公言しているが、大きな誤解である。貿易に勝ち負けはない。貿易はゼロサムではなくプラスサムである。保護主義によって貿易を縮小させることこそが世界経済全体の「損失」なのである。
トランプ大統領は「低金利が好きだ」という。パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長の利上げ路線をけん制し「オバマ大統領の時代は低金利だったのに、私の時代はなぜ利上げか」と述べている。金融政策を政治の要請ではなく、あくまで経済情勢次第で動かせなければ、それこそ危険である。バブルの温床になるだけだ。
トランプ大統領は、政権が貿易戦争で戦っているのだからFRBも協力してほしいとも言及しているが、貿易戦争にからんで為替への口先介入を始めると、金融、外為市場をかく乱させかねない。
対中国で日米欧は結束できるか
米中間の貿易戦争は、覇権争いの様相をみせている。日米首脳会談でトランプ大統領が自動車関税問題を当面、棚上げする形で一定の配慮をみせたのは、対中優先の表れだろう。欧州連合(EU)のユンケル委員長との会談でも「貿易休戦」で歩み寄ったのも、対中優先を浮き彫りにしている。
日米欧が世界貿易機関(WTO)の改革を共同提案したのも、対中戦略の一環といえる。中国の習近平政権が2025年をめどに先端製造業の強化を打ち出していることを念頭に、産業補助金などで自国の特定産業を優遇する制度を導入した国への罰則を盛り込む考えだ。
トランプ大統領はWTOを「機能不全だ」と決めつけ、WTO離れを鮮明にしている。日欧は、対中戦略で足並みをそろえることでトランプ政権をWTOに振り向かせる作戦である。もともと知的財産権の保護をめぐっては、日米欧は利害を共有しているだけに、結束できる余地はあった。もっとも、それで自動車問題など日欧との摩擦が回避できる保障が得られたわけではない。
スーパーFTAによる多国間主義を目指せ
米中貿易戦争がエスカレートするなかで、日本は自分の身を守る対応だけではすまない。トランプ安倍連合とも呼べるTAG交渉の開始に安堵している場合ではない。米中両大国の間に立って、覇権争いによる危機打開に立ち上がるときである。安倍首相の訪中による日中首脳会談はその絶好の機会である。
日本が米国抜きでもTPPを存続させた意味は大きい。それだけにとどまらず、RCEPの年内合意をめざしているのも意義がある。日中韓、東南アジア諸国連合(ASEAN)、インド、オーストラリア、ニュージーランドの16カ国によるメガFTAは成長力が大きい。
日本はこのTPPとRCEPにともに参加する唯一の主要先進国である。「扇の要」として、2つのメガFTAを結合させることこそ求められる。先進的なTPPと自由化度の緩いRCEPは、自由化水準が違うなどという指摘もあるが、今後のRCEP交渉次第で水準調整は可能である。
TPPとRCEPを結合すれば、従来のメガFTAを超える「スーパーFTA」が形成できる。環太平洋全域に広がるこのスーパーFTAには、2国間主義にこだわるトランプ米大統領も無視できなくなるはずだ。
なにより、米中間の覇権争いによる世界経済危機を防ぐことにつながるだろう。TAGによる2国間主義が「スーパーFTA」を舞台にする多国間主義に大転換するうえで、日本の責任は重大である。
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