安倍晋三首相はドナルド・トランプ米大統領と会談し、農産品など幅広い品目を対象に関税を見直す新たな通商交渉「TAG」の開始で合意したが……(写真=AFP/アフロ)
安倍晋三首相とトランプ米大統領は日米首脳会談で、関税を含む2国間協議である「物品貿易協定」(TAG=Trade Agreement on Goods)の交渉開始で合意した。TAGは耳慣れない通商用語だが、「トランプ(T)安倍(A)グループ(G)」とも読める。トランプ・安倍の蜜月関係を背景に、懸案の自動車関税問題を当面、棚上げする妥協の産物だろう。
しかし、トランプ政権下の2国間通商協議には「管理貿易」化の危険をはらむ。日本がめざすべきは、環太平洋経済連携協定(TPP)と中国が加わる東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を結合し、米国を呼び込むことだろう。スーパーFTA(自由貿易協定)のもとで、米中経済戦争を打開する大戦略である。
日米FTAとは呼ばないが
日米はなぜ2国間交渉を日米FTAともEPA(経済連携協定)とも呼ばず、TAGと称したのか。そこには、日米FTAではトランプ政権の圧力をまともに受けかねないという日本側の警戒感に配慮したものだろう。日米FTAを要求してきたライトハイザー米通商代表部(USTR)代表も、あえてFTAという言葉は避けた。
しかし、物品の関税交渉で合意すれば、その他の貿易交渉を始めることも盛り込んでおり、実態はFTAとあまり変わりはない。交渉期間中は、最大の不安要因だった自動車関税問題が棚上げすることになったのは日本側の作戦勝ちにみえる。一方で、FTAの名を捨てて2国間交渉に足を踏み入れたのは、米国側の得点ともいえる。
危うさはらむ蜜月関係
そんな日米妥協の産物であるTAGがトランプ・安倍の蜜月関係を示しているのは興味深い。問題は、そのトランプ大統領が国際社会では孤立していることだ。国連総会で、トランプ大統領は「グローバリズムを拒絶し、愛国主義を受け入れる」と米国第一を鮮明にした。これに対して、マクロン仏大統領は「自国の利益を追及する最もすさまじい無法状態が蔓延している」と警告し、「パリ協定に従わない国とは貿易協定を結ぶのはやめよう」と訴えた。
トランプ大統領がこの2年間を歴代大統領をしのぐ成果だと誇ると、会場には失笑が広がった。米国大統領が国連総会で失笑されたことはかつてない。米国の信認失墜につながるこの状況を、米国民は深刻に受け止めるべきだ。トランプ大統領はまた安全保障理事会の議長なのに、会合に遅れて国連軽視をあからさまにした。
北朝鮮問題もあり日米が同盟関係を維持するのは当然だが、国際社会で孤立するトランプ大統領と親密すぎるのは、地球を俯瞰する外交とはいえないだろう。トランプ大統領に近すぎる安倍首相が世界からどう見られているかを知るべきだ。同盟国であればこそ、保護主義、排外主義に傾斜するトランプ大統領を真っ向から批判するのは当然の国際責務である。それこそ真の友人の態度だろう。
「管理貿易」化の恐れ
TAGによる日米2国間交渉で焦点になるのは、農産物関税だとみられている。安倍首相は「TPPで決まった水準を超えて引き下げはない」と強調するが、米側が交渉で提起する可能性が消えたわけではない。農産物問題が行き詰れば、米側は投資、サービスを含めて2国間FTAを求めてくるかもしれない。
何より事実上棚上げされている自動車関税問題を持ち出す恐れもある。2.5%の現行関税を25%にまで引き上げるという「脅し」である。自動車関税引き上げ問題が再燃すれば、日本経済は大打撃を受ける。米国の自動車業界も反対を表明している。
こうした事態を防ぐために持ち出されかねないのは、数量規制である。日本製自動車の対米輸出と米国製自動車の対日輸入が「管理貿易」化する危険がある。
トランプ政権は、これまでの2国間交渉で相次いで管理貿易を打ち出している。韓国とのFTA交渉や北米自由貿易協定(NAFTA)見直しにおけるメキシコとの交渉で、数量規制が持ち込まれた。
過去の日米通商交渉も繊維、鉄鋼、カラーテレビ、自動車、半導体といずれも「管理貿易」が着地点になっている。それは日米双方にとって、何の効果ももたらさない不毛の選択だった。この苦い教訓に学ばず、政治的アピールだけを優先しようとするのはおろかである。
数量規制に加えて、トランプ政権が持ち出す可能性があるのは、「為替条項」の盛り込みだろう。貿易と為替をからめて、「意図的な通貨安誘導」を防ごうというものだ。この「為替条項」は米韓FTAやNAFTAの米墨合意に盛り込まれている。
日米2国間交渉は、結局、強者・米国の思い通りになりかねない。それは世界貿易を縮小させ、世界経済の足を引っ張ることになる。
誤った経済観に基づく2国間主義
なぜ、トランプ政権は世界中と貿易戦争に打って出たのか。苦戦が予想される中間選挙で中西部白人層を中心にトランプ陣営の地盤を固めたいのだろうが、2国間の貿易赤字を解消しようという考え方そのものが誤っている。
マクロ経済学では、経常収支を決めるのは国内の貯蓄投資(IS)バランスである。貯蓄が投資を上回れば経常黒字になり、投資が貯蓄を超過すれば経常赤字になる。2国間の貿易赤字を解消しようとして手を尽くしても、経常収支の赤字解消にはつながらない。
トランプ大統領は各国との貿易赤字を「損失」と公言しているが、大きな誤解である。貿易に勝ち負けはない。貿易はゼロサムではなくプラスサムである。保護主義によって貿易を縮小させることこそが世界経済全体の「損失」なのである。
トランプ大統領は「低金利が好きだ」という。パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長の利上げ路線をけん制し「オバマ大統領の時代は低金利だったのに、私の時代はなぜ利上げか」と述べている。金融政策を政治の要請ではなく、あくまで経済情勢次第で動かせなければ、それこそ危険である。バブルの温床になるだけだ。
トランプ大統領は、政権が貿易戦争で戦っているのだからFRBも協力してほしいとも言及しているが、貿易戦争にからんで為替への口先介入を始めると、金融、外為市場をかく乱させかねない。
対中国で日米欧は結束できるか
米中間の貿易戦争は、覇権争いの様相をみせている。日米首脳会談でトランプ大統領が自動車関税問題を当面、棚上げする形で一定の配慮をみせたのは、対中優先の表れだろう。欧州連合(EU)のユンケル委員長との会談でも「貿易休戦」で歩み寄ったのも、対中優先を浮き彫りにしている。
日米欧が世界貿易機関(WTO)の改革を共同提案したのも、対中戦略の一環といえる。中国の習近平政権が2025年をめどに先端製造業の強化を打ち出していることを念頭に、産業補助金などで自国の特定産業を優遇する制度を導入した国への罰則を盛り込む考えだ。
トランプ大統領はWTOを「機能不全だ」と決めつけ、WTO離れを鮮明にしている。日欧は、対中戦略で足並みをそろえることでトランプ政権をWTOに振り向かせる作戦である。もともと知的財産権の保護をめぐっては、日米欧は利害を共有しているだけに、結束できる余地はあった。もっとも、それで自動車問題など日欧との摩擦が回避できる保障が得られたわけではない。
スーパーFTAによる多国間主義を目指せ
米中貿易戦争がエスカレートするなかで、日本は自分の身を守る対応だけではすまない。トランプ安倍連合とも呼べるTAG交渉の開始に安堵している場合ではない。米中両大国の間に立って、覇権争いによる危機打開に立ち上がるときである。安倍首相の訪中による日中首脳会談はその絶好の機会である。
日本が米国抜きでもTPPを存続させた意味は大きい。それだけにとどまらず、RCEPの年内合意をめざしているのも意義がある。日中韓、東南アジア諸国連合(ASEAN)、インド、オーストラリア、ニュージーランドの16カ国によるメガFTAは成長力が大きい。
日本はこのTPPとRCEPにともに参加する唯一の主要先進国である。「扇の要」として、2つのメガFTAを結合させることこそ求められる。先進的なTPPと自由化度の緩いRCEPは、自由化水準が違うなどという指摘もあるが、今後のRCEP交渉次第で水準調整は可能である。
TPPとRCEPを結合すれば、従来のメガFTAを超える「スーパーFTA」が形成できる。環太平洋全域に広がるこのスーパーFTAには、2国間主義にこだわるトランプ米大統領も無視できなくなるはずだ。
なにより、米中間の覇権争いによる世界経済危機を防ぐことにつながるだろう。TAGによる2国間主義が「スーパーFTA」を舞台にする多国間主義に大転換するうえで、日本の責任は重大である。
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