米中の貿易戦争は、もはや覇権争いの様相だ(写真=ロイター/アフロ)
米中間の貿易戦争は「覇権争い」の様相をみせてきた。その狭間にあって、2つの「大国」の没落が始まっている。かつての覇権国・英国と米国の覇権に挑んだ旧ソ連の後を継ぐロシアである。英国の欧州連合(EU)離脱交渉は、期限(2019年3月末)の半年前になっても混迷し、「合意なき離脱」の恐れが出てきた。
外資流出で「英国病」に逆戻りしかねない。ロシアのプーチン大統領による拡張主義は、年金問題など国内政治の壁にぶつかった。経済力にそぐわぬ拡張主義は、旧ソ連崩壊の二の舞いを演じることになる。沈む英露に共通しているのは、ぬぐいがたい「大国意識」である。それは財政危機にある日本への大きな教訓でもある。
貿易戦争から経済冷戦へ
米中間の貿易戦争はエスカレートするばかりである。トランプ米政権は24日、約2000億ドル(約22兆円)の中国製品に10%の追加関税を課す第3弾の対中制裁を発動した。これに対して中国も600億ドル相当の米国製品に5~10%を上乗せする報復関税を即日実施した。
知的財産権の保護は、日米欧先進国の共通の関心事だが、トランプ大統領が問題解決のために、関税引き上げによる保護貿易を振りかざすのは世紀の過ちだ。とくに2国間の貿易赤字を「損失」を考えて、赤字解消をめざそうというトランプ大統領の経済観は「経済音痴」というしかない。大統領の経済学者嫌いは有名だが、経済学の基礎知識もなく、相互依存を深めるグローバル経済の現実を無視するのは危険極まりない。
打撃を受ける米企業や値上げで不利益をこうむる消費者がなぜもっと鮮明に抗議しないか不思議である。大減税などを背景に米国経済がなお好調だから大統領の暴挙にも「まあ、いいか」症候群が広がっているとすれば、世界中が大迷惑である。
トランプ大統領の強硬姿勢に対して、中国の習近平国家主席は一歩も引かない。IT(情報技術)企業であるアリババの馬雲会長は米国での「100万人雇用計画」を撤回すると表明した。「国家資本主義」をたてに総ぐるみで米国に対抗しようとしている。
米中貿易戦争の核心はハイテク分野の覇権争いである。この分野で先行できるかどうかで今後の経済競争力が決まると互いに考えているだけに、やっかいである。トランプ大統領の一方的な保護主義と習近平国家主席による国家資本主義の「強権対立」が世界経済全体を危険にさらしている。
合意なきBREXITで「英国病」に逆戻り
米中間の覇権争いが激化するなかで、かつての覇権国・英国の迷走ぶりが目立っている。オーストリアのザルツブルグで開いたEUの非公式首脳会議は、英国のEU離脱について協議したが、当初目標だった10月までの合意は断念し、期限を11月17、18日に開く臨時首脳会議に先送りした。
しかし、10月中の離脱交渉が進展しなければ、臨時会議は開かず、合意なき無秩序な離脱になる可能性を示唆している。
英国のメイ首相は離脱後、英国とEUとの間で「モノの自由貿易圏」を創設する案を提示しているが、EU側は難色を示している。メイ提案は首相がかねて強調してきている移民規制が含まれるだけに、EU側には「いいとこ取り」と映っている。
EUメンバーである北アイルランドと英国内の北アイルランドとの国境問題の溝も深い。EU側は北アイルランドを事実上、EUの関税同盟に残すよう求めているのに対して、メイ首相は「英国の分断」につながると譲らない。
メイ首相は「メイ案か合意なしかしかない」と強がっているが、保守党内で政治基盤の弱い首相が離脱まで政権を持ちこたえられるか危ぶまれている。合意なき離脱による大混乱を警戒するカーン・ロンドン市長らの間に離脱の是非を問う国民投票の再実施を求める動きも出てきている。
問題はこうした英国内の混乱のなかで、英国から欧州大陸などへ拠点を移す動きが加速していることだ。フランクフルト、パリ、アムステルダム、ブリュッセル、ルクセンブルクなどEU内の主要都市がロンドン・シティーから金融機関の誘致競争を展開している。シティーの金融センターとしての地位はもはや盤石ではなくなりつつある。
金融機関だけではない。パナソニックなど日本企業も英国から拠点を欧州大陸に移し始めている。BREXITをめぐる不透明感が高まれば、英国からの外資流出に拍車がかかる可能性がある。
これは、「EUと外資」に依存してきた英国経済には致命的である。ポンド安の段階では観光ビジネスや輸出企業には追い風になるが、外資流出に伴うポンド危機になれば、英経済はスタグフレーション(景気停滞とインフレの同時進行)に見舞われる。カナダ出身のカーニー・イングランド銀行総裁を残留させることにしたのも、合意なき離脱によるポンド危機への備えだろう。
英国が深刻な英国病から抜け出せたのは、サッチャー改革によるというのが通説だが、EUの前身であるEEC(欧州経済共同体)に加盟し、欧州の一員になれたことのほうがずっと大きい。EU市場に照準を合わせた外資を呼び込めたのである。合意なきBREXITはこの英国のグローバルなネットワーク経済を自ら分断することになる。それは英国病への逆戻りの道である。
プーチン拡張主義の大矛盾
「大国」の悩みは英国だけではない。プーチン大統領率いるロシアも深刻だ。それが如実に表れたのは、東方経済フォーラムでのプーチン大統領の突然の提案だろう。安倍晋三首相や習近平中国国家主席を交えたフォーラムで、「無条件で平和条約を締結しよう」と言い出して、安倍首相を苦笑いさせた。
これをプーチン大統領のしたたかな戦略と読む向きもある。「平和条約の締結は北方領土問題を解決してからだ」と従来の日本の方針で切り返さなかった安倍首相に批判が集まった。しかし、このプーチン提案は戦略的ではなく、日本の経済協力を最大限引き出したいプーチン大統領の切羽詰まった姿勢を露呈したものといえるだろう。
とりわけ少子高齢化で苦境にあるロシア財政を打開するため、プーチン大統領が提起した年金改革案にロシア国民の不満が噴出している。プーチン大統領を支持してきた層までが抗議行動に立ち上がった。予想外の反発に驚いたプーチン大統領は女性の支給開始年齢引き上げを「緩和修正」せざるをえなかったほどだ。プーチン人気にかげりが見え、支持率は低下し始めた。
ロシア経済はロシアのクリミア併合に対応した米欧の経済制裁のもと、苦境を続けている。国際通貨基金(IMF)の見通しでもマイナス成長からは脱したものの、2017年から3年続きで1%台の低成長にとどまる。米国の出口戦略の余波を受ける新興国のなかでも、低迷ぶりが際立っている。
原油価格の上昇が経済制裁で相殺される構造である。とくに、ロシアにとって頼みの軍需産業が制裁の標的になるのは大きな打撃だろう。トランプ米政権は、ロシアから軍事装備品を購入したとして、中国共産党に高官らへの制裁に踏み切った。
こうした中で、米国に挑戦したかつてのソ連をほうふつさせるプーチン大統領の拡張主義は、大きな矛盾に直面している。ウクライナからシリアなど中東へと広がる拡張主義は限界にぶつかるはずだ。国民生活にしわ寄せする拡張主義は、長期政権の基盤を揺るがさずにはおかない。ジャーナリスト殺害など批判を許さぬ言論規制はロシア不信を招いている。
米大統領選をめぐるロシア疑惑や英国でのロシア元スパイ毒殺未遂事件など国際不信を招き続ける限り、プーチン政権が求める投資呼び込みも期待できないだろう。そもそも資源依存のロシア経済は脆弱である。このままロシア経済が低迷し続ければ、ロシアの中国依存が強まる可能性もある。
遥かなるヤルタ体制
1945年2月、旧ソ連のクリミアにあるヤルタに集まったのは、米国のルーズベルト大統領、英国のチャーチル首相、それにソ連のスターリン首相だった。第2次大戦後の世界秩序をどう構築するかを話し合ったのは米英ソの首脳だった。
チャーチルは戦後、真っ先に「欧州合衆国」構想を提起している。しかし、この欧州統合に当の英国は含まれていない。欧州統合の「not in, but with」(中に入らず、ともにある)という外交姿勢である。そこには、英国は米ソとともに世界秩序を形成する3大国であるという考え方がある。「7つの海」を支配したかつての覇権国家の意識がぬぐえなかったのである。
ヤルタ会談は、米ソ冷戦への導火線であった(写真=Everett Collection/アフロ)
その「大国意識」が欧州統合という大潮流に乗り遅れ、さらにはEU離脱を選択するという過ちを犯したといえる。
ヤルタ会談は、米ソ冷戦への導火線でもあった。米ソ冷戦でソ連は社会主義陣営の盟主として君臨したが、米ソ軍拡競争に傾斜し、経済破綻を招く。経済の実力を超えて軍備増強をする国家は破綻する。
プーチン大統領の拡張主義は旧ソ連の後を追っているようにみえる。国民生活を圧迫してまで拡張主義を続ければ、ソ連崩壊の二の舞を演じかねない。プーチン大統領がソ連崩壊の失敗に学べるか試される。
日本への教訓
英露に共通しているのは、抜きがたい「大国意識」である。それは、人口減少社会下で先進国最悪の財政危機にある日本にも大きな教訓になる。
日本の財政は、ギリシャやイタリアといったユーロ圏の弱い輪よりずっと悪い。この両国は基礎的財政収支をとっくに黒字化している。日本は黒字化を先送りしたままだ。日本の長期債務残高の国内総生産(GDP)比は2.3倍と桁外れに巨額だ。
にもかかわらず、財政再建は自民党総裁選でも争点にならず、与野党通じて「財政ポピュリズム」が蔓延している。この財政赤字を日銀の事実上の「財政ファイナンス」で穴埋めする構造は深刻だ。アベノミクスに出口はなく、次の世界経済危機への備えもできていない。
沈む英露のあとを日本が追うことになるのは何としても避けたい。「大国意識」を捨て、財政の「不都合な真実」を直視するしかない。
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