以来、両首脳の亀裂は深まる。7カ国(G7)首脳会議で、排外主義・保護主義を変えず、地球温暖化防止のためのパリ協定に背を向けるトランプ大統領に、メルケル首相は「他国(米国)に頼れない時代になった」とため息交じりに語った。北朝鮮危機をめぐるトランプ大統領の「完全破壊」といった強硬な国連演説について、メルケル首相は「そのような威嚇には反対だ。外交的解決以外はすべて過ちだ」と強くけん制した。

 メルケル首相とトランプ大統領の亀裂の始まりは「握手」問題にあったが、メルケル首相には「握手」の思い出がある。2007年秋、メルケル首相が初来日した際の講演で筆者は司会をつとめた。質疑応答を終えて、拍手のなかで退場しかける。その途中で思い直したように、わざわざ引き返して、司会役の筆者に握手を求めてきた。そこでもう一度大きな拍手が起きる。政治家メルケルの心遣いをみる思いがした。

鉄の意志と現実主義

 メルケル首相はなぜ世界で最も安定した指導者になれたのか。「鉄の女」サッチャー英首相の在任期間(11年半)を超え、4選によってドイツ首相として最長のヘルムート・コール首相の16年に並ぶことになる。米欧主要国の首脳も足元にも及ばず、2005年11月に首相になって以来、日本の首相は安倍晋三首相で7人目である。

 なぜこうも長きに渡って、指導者であり続けられたか。そこには「鉄の意志」とともに現実主義がある。2007年の初来日は地球温暖化防止のための「京都議定書」から10年を記念したものでもあった。コール首相に環境相に抜擢され、この議定書策定に指導的役を果たす。京都はメルケルの名を世界に知らしめた。にもかかわらず、講演でメルケル首相は環境一辺倒では決してなかった。環境規制の強化に難色を示す日本の経済界への配慮を忘れなかった。政治の争点になっていた原発政策についても明言を避けた。

 しかし、2011年の東日本大震災を受けて、メルケル首相は脱原発を決断する。パリ協定策定にも尽力する。その一方で、最近の自動車のEV(電気自動車)シフトをめぐってはディーゼル車との二正面作戦を打ち出している。国内の雇用に配慮するからだ。現実を踏まえながら理想を追う。絶妙のバランス主義が貫かれている。

 「クールヘッドとウォームハート(覚めた頭と温かい心)を実践している。「鉄の女」との違いはそこにあるように思える。

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