9月13日、仏ストラスブールの欧州議会で演説する欧州連合(EU)のユンケル欧州委員長。英国の離脱で結束が揺らぐEUの立て直しに向けて欧州統合の深化を訴えた。(写真:ロイター/アフロ)
自動車は「EV(電気自動車)シフト」がめざましい。英仏がそろってガソリン車・ディーゼル車の販売禁止を打ち出したのをきっかけに、欧州はじめ世界の自動車メーカーで開発熱が一気に高まった。情報技術(IT)企業などを巻き込むクルマ革命の様相だ。一方で、混迷する世界では、「EU(欧州連合)シフト」が目立ってきた。ユーロ危機に苦しみ、難民問題に苦闘するEUだが、英国の離脱とトランプ米大統領の排外主義が反面教師になって、独仏主導で結束の動きが強まった。米国の信認低下で「グローバル・ソフトパワー」としてEUは頼りがいのある存在に浮上している。ビジネスと国際政治の新時代は「欧州発」で起きている。
英仏先行のガソリン・ディーゼル車禁止
「EVシフト」へ大きくハンドルを切ったのは英仏である。2040年までに、ガソリン・ディーゼル車の販売を禁止する方針を打ち出した。これはガソリン・ディーゼル車の市場を席巻する日米独の自動車産業に挑戦する狙いも込められている。
この英仏の戦略に中国など新興国も連動する。中国は英仏の新方針を受けて、40年までにガソリン車などの販売・製造を禁じることを検討し始めた。インドは30年までに新車販売をEV車に限定する目標を掲げる。
これに対して、自動車大国、ドイツのメルケル首相は、ディーゼル車の改造とEV車への投資の「2正面作戦」が必要だと訴えている。24日の総選挙を目前にして、足元の雇用に響きかねない全面的なEVシフトには慎重な姿勢を示すしかなかったのだろう。それだけ欧州中心に起きたEVシフトの奔流の大きさを物語っている。
EV化に生き残りかけるメーカー
クルマ革命は自動運転など広範な技術分野に及ぶが、その柱はEV化だろう。独フォルクスワーゲン(VW)のマティアス・ミュラー社長は日本経済新聞記者のインタビューで、2025年にEV車の全世界での販売目標を300万台とし、その半分の150万台を中国で販売する目標を明らかにした。50数車種のEV車を世界で販売するという。
VW社のEV化方針はディーゼル不正で世界から批判を招いたという反省が背景にあるとみられるが、世界最大の自動車メーカーのEVシフトは、世界の自動車市場のEV化を決定づける可能性がある。
仏ルノー・日産自動車は2022年までに完全自動運転車を実用化するとともに、販売台数に占めるEV車の比率を3割にする目標を打ち出した。スウェーデンのボルボ・カーは19年以降の新車はすべてEV車にする方針を表明した。EVシフトが鮮明になるなかで、ハイブリッド車での成功体験をもつトヨタ自動車が潮流変化にどこまで対応し、さらに先取りできるかが試されている。
再び追い風受けるEU
語呂合わせではないが、車の「EVシフト」と世界の「EUシフト」は同時進行している。EUのユンケル欧州委員長は仏ストラスブールの欧州議会での施政方針演説で「EUは再び帆に風を受けている。BREXIT(英国のEU離脱)をチャンスととらえて、団結を強めるべきだ。英国はBREXITを後悔することになるだろう」と胸を張った。ユーロ危機がくすぶり、英国の国民投票でEU離脱が決まった陰鬱な昨年とは様変わりの高揚ぶりだった。
EUはここ数年危機に見舞われてきた。ユーロ危機はPIIGS(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン)という弱い輪に連鎖した。深刻な連鎖危機はようやく収束したが、ギリシャの債務危機はなお深刻で、イタリアには銀行危機が残っていた。
欧州各国ではフランス、オランダというEUの原加盟国も含め極右ポピュリズムが台頭した。そこへ英国のEU離脱決定である。排外主義を掲げるトランプ大統領の登場でポピュリズムの連鎖が懸念された。EU域内の移民問題や深刻化する難民問題を背景に、英国に続いてEU離脱のドミノが起きるのではないかと真剣に心配された。
そうした懸念が払しょくされたのは、フランスで極右の国民戦線、ルペン氏を退けて、若きマクロン大統領が誕生したことが大きかった。BREXITをめぐる英国内の混迷やトランプ米大統領による米国の威信失墜が反面教師になった。さすがに就任当初のマクロン人気は剥げ落ち、支持率低下が目立つが、それは労働市場改革や歳出削減など痛みを伴う措置を相次いで打ち出しているからだ。評価すべき不人気だといえる。
一方でメルケル独首相は4選を確実にしている。その安定感は欧州屈指であり、世界の指導者にふさわしい。メルケル首相とマクロン大統領の「MMコンビ」による独仏連携を軸に、EUは再生に向けては大きく動き出せる情勢になってきた。
「強い欧州」へ統合深化めざす
EU統合の旗振り役であるユンケル委員長がめざすのは、「強い欧州」への統合の深化である。現在19カ国が参加している単一通貨ユーロを「EU全体の単一通貨」と位置付け、全EU加盟国が参加することをめざしている。もちろん、加盟条件を満たすスウェーデンとデンマークが慎重姿勢を変えて参加に応じるかは不透明だ。まだ加盟条件に遠い旧東欧圏に参加を急がせるとユーロ危機の発端になったギリシャ危機の二の舞になりかねないとも指摘される。
それでもユンケル委員長は財政統合を進めるため常任のユーロ財務相や欧州版国際通貨基金(IMF)の創設も提案するなど意欲的だ。
さらに、統合深化のため、移動の自由を規定するシェンゲン協定にEU全加盟国が参加することもめざしている。拡大路線も打ち止めにしたわけではなく、バルカン諸国への拡大も視野に入れている。
「グローバル・ソフトパワー」として存在感
「強い欧州」をめざすうえでカギを握るのは「グローバル・ソフトパワー」としてのEUの存在感である。なにより「法と正義」を貫く姿勢に信頼感がある。
長期にわたるトルコとの加盟交渉が暗礁に乗り上げているのは、トルコのエルドアン政権が言論弾圧など強権国家の色彩を濃くしているからだ。EUとトルコには、難民問題の打開という難題が横たわるが、それでもトルコの強権化を強くけん制するところにEUの真骨頂がある。EU内でもポーランド、ハンガリーなど旧東欧圏にみられる強権化の動きに対し強く警告している。
トランプ米大統領の三権分立を無視するかのような「司法介入」や中国、ロシアの強権化など大国の動向のなかで、EUは「グローバル・ソフトパワー」として浮上している。そこにあるのは地球環境問題や難民問題にみられる「欧州の精神」である。
だからこそ、EUは世界のルール・メーカーになれるのである。地球温暖化防止のためのパリ協定はトランプ大統領の離脱表明にもかかわらず生きている。米政権内には残留を求める声も出始めている。保護主義を排し自由貿易を追及する姿勢は、日EUの経済連携協定の大枠合意に表れている。そして欧州発のEVシフトである。
軍事優先に傾斜しないEUの節度ある行動も信頼感の背景にある。とりわけドイツは北大西洋条約機構(NATO)内での応分の負担には応じるが、決して軍事大国をめざさないことでEU内の信認を得た。ナチスへの反省からだ。軍事への傾斜につねに慎重になることこそ、「グローバル・ソフトパワー」の原点である。
新たな「西洋の時代」の始まり
英国のジャーナリスト、ビル・エモットは「『西洋』の終わり」というが、本当だろうか。トランプ大統領の登場で米国の威信が決定的に低下し「米国の時代」が終わりを告げているのはたしかだろう。かつての覇権国家、英国はBREXITで苦しみ、新「英国病」に悩まされるだろう。BRETURN(EUへの復帰)でもしないかぎり、この病から解放されないかもしれない。
といって、これで西洋が終わるわけではない。「西洋」という概念が想定する「東洋」(オリエント)とはまず中東である。混迷する中東が浮上するとは考えにくい。それどころかますます泥沼化するだろう。新興勢力として中国は経済力や軍事力に傾斜し、「法と正義」にもとづくソフトパワーに決定的に欠ける。残るのは日本だが、長期にわたる経済停滞でかつての活力は失せている。内向き姿勢は変わらず、残念ながら「グローバル・ソフトパワー」には程遠い。
「西洋」の終わりではない。西洋のなかでEUシフト、欧州大陸シフトが起きているのである。新たな「西洋の時代」の始まりとみるべきかもしれない。
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