
リーマン破綻についてブッシュ大統領自身が「ウォール街救済はまっぴらだ」と言い、ワシントンの政治家たちも政府の不介入を称賛した。ポールソン財務長官も、もともと金融機関の資本増強を推奨しながらも、公的資金投入までは念頭になかった。
バーナンキ元FRB議長は公的資金をめぐる米国の状況をこう分析してみせた。「米国の有権者は公的資金投入について5分5分だ。反対か絶対反対かだ」というのである。
地味なブラウン英首相が救世主
日本の失敗に学んでいた首脳が欧州にはいた。地味なブラウン英首相である。スコットランド出身だが、同じブレア前首相に比べて影が薄く、労働党内で首相退陣の圧力が高まっていたほどだ。
しかし、リーマン・ショック直後に、大手金融機関への公的資金投入、銀行間市場の保証、預金保護という金融危機管理の枠組みを打ち出し、それを欧州連合(EU)や先進7カ国(G7)に浸透させた手腕は鮮やかだった。危機の連鎖を防ぐために英大手銀行に公的資金注入を先行実施してみせた。
リーマン・ショック当時、先進国首脳のなかに唯一財務相を経験した経済通がいたのは幸いだった。危機打開でブラウン人気は回復したが、いまだにその評価は低い。いま英国の政治家たちがEU離脱をめぐって混乱を引き起こしているさなかだけに、リーマン・ショック10年を機に「ブラウン再評価」があってもいいだろう。
米中覇権争いの導火線
世界経済危機の打開にはブラウン英首相の手腕だけでなく、G7先進国の政策協調、そして先進国に新興国を加えたG20の創設も一定の役割を果たした。しかし、世界経済を実需面から下支えしたのは、新興の経済大国である中国の4兆元にのぼる積極的経済対策だったといえる。
危機が深刻化していた2009年1月の世界経済フォーラム・ダボス会議では、スーパースターは中国の温家宝首相だった。そこにはダボスの常連だったウォール街首脳の姿はなかった。温家宝首相は危機の中国への波及に言及しながらも、「中国経済の安定した高成長が世界経済の安定に貢献する」と述べた。自信に満ちた表情が印象的だった。会議参加者に安堵が広がった。
リーマン・ショックは、イラク戦争を遠因として世界経済危機に招いた超大国・米国の後退ぶりを示すものだった。その一方で、第2の経済大国として成長を続ける中国の存在感を高めるものになった。それは中国の習近平政権の誕生と米国のトランプ大統領の登場による米中間の熾烈な覇権争いへの導火線にもなっている。
・ジョージ・W・ブッシュ「決断のとき」(伏見威蕃訳)
・アラン・グリーンスパン「波乱の時代」(山岡洋一、高遠裕子訳)
・ヘンリー・ポールソン「ポールソン回顧録」(有賀裕子訳)
・岡部直明「ドルへの挑戦」
いずれも日本経済新聞出版社刊
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