自由貿易体制の盟主であるべき米国が「米国第一主義」さらに「トランプ第一主義」に陥ったことをはっきり示している。

 米墨合意では、焦点の自動車貿易の関税をゼロにする条件として、部材の域内調達比率を現在の62.5%から75%に引き上げる。さらに、40-45%は時給16ドル(約1800円)以上の地域での生産を義務付ける「賃金条項」を導入する。米国からの部材調達をふやすのが狙いだ。

 これだけでも十分に「米国第一主義」「トランプ第一主義」だが、これに数量規制が加わった。米墨間で、乗用車の輸入量が一定水準を超えた場合に、最大25%の関税を適用することで合意した。2017年実績の4割増にあたる240万台を上限とする事実上の「数量規制」である。

 これは、「北米自由貿易協定」を「米墨管理貿易協定」に変質させるものだ。この数量規制は世界貿易機関(WTO)ルールから大きく外れる。

 メキシコのグアハルド経済相は、数量規制受け入れについて、メキシコからの輸出車に25%の高関税が一律適用されるのを避けるためだと説明しているが、トランプ政権の圧力の大きさを浮き彫りにしている。

北米を繁栄に導いたNAFTA

 1994年、クリントン米政権下で創設されたNAFTAは、北米に繁栄の時代を導いた。冷戦の終結で鮮明になったのは大欧州時代の到来だった。欧州連合(EU)は市場統合から単一通貨ユーロの創設と質的深化を遂げるとともに、旧東欧圏への東方拡大に動き出した。そのなかで、米国を軸とした北米3カ国の「市場統合」は時代の要請だった。NAFTAの創設には米議会内に異論もあったが、それは歴史の必然だった。

 NAFTAは北米に世界各国から投資を呼び込み、経済を活性化させた。カナダはG7の一員としての地位を固めた。メキシコは債務危機に苦しむ他の中南米諸国と一線を画した。NAFTAが創設された1994年に先進国クラブである経済協力開発機構(OECD)にメンバー入りしている。メキシコ財務相を務めたグリア事務総長はいまやOECDの顔になっている。

 メキシコはかつての資源国、債務危機国からNAFTAをてこに大きく前進した。筆者は1980年、大平正芳首相に同行して初めてメキシコを訪問した。それは第2次石油危機後の日本の「油ごい」外交だった。

 筆者が日本経済新聞社のニューヨーク支局長だった1986年当時、メキシコを訪問したのは、債務危機の取材のためだった。そして2004年に合意した日墨経済連携協定の取材で、再びメキシコを訪れた。メキシコはNAFTAを基盤に各国・地域と相次いで自由貿易協定(FTA)を締結していた。自動車など北米のサプライチェーンの拠点として発展した。NAFTAによって資源依存や債務危機から卒業できたのである。

 そして、何よりNAFTAは北米を核とするグローバル経済の拠点として、本家の米国経済の繁栄につながった。それは自由貿易の最先進国としての繁栄だった。

自動車摩擦打開へ日欧連携を

 NAFTAが自由貿易から管理貿易に変質し、空中分解する事態になれば、日欧など世界の自動車産業のサプライチェーンは分断される。供給網の見直しでコスト増や生産性低下も避けられなくなる。トランプ大統領がそれを承知でNAFTA見直しに踏み切ったのは、日欧との自動車摩擦が激化することを暗示している。

 日欧の基幹産業である自動車にトランプ発の貿易戦争が点火する事態になれば、世界貿易は縮小し、世界経済は停滞することになる。こうした危機は何としても防がなければならない。

 問題はどう危機を打開するかである。間違ってもNAFTA見直しの米墨合意を見習ってはならない。数量規制による「管理貿易」を安易に受け入れるのは危険極まりない。一見、摩擦回避のための「大人の解決」とみえるかもしれないが、自由貿易体制の将来に禍根を残すことになりかねない。

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