もちろん、中国に対して「知的財産権」の保護を求めるのは意味があるが、米中2国間の貿易赤字の解消のため関税引き上げをエスカレートさせるのは、誤った選択である。中国に知的財産権の保護を求めるにあたっては、世界貿易機関(WTO)のルールのもとで日米欧の主要先進国が連携することこそ重要である。

問われる米経済学者の責任

 トランプ大統領の経済音痴ぶりに、米国の経済学者がなぜ立ち上がらないのか不思議である。トランプ流保護主義の暴走には、経済団体は、自動車業界も含め反対を表明した。グローバル経済時代の先頭を行く米国にとって、保護主義は自殺行為になることが目に見えているからだ。

 トランプ政権には、まともな経済学者は参加していない。有力大学のビジネススクールを出たのに、トランプ大統領は経済学者嫌いである。反知性主義のあらわれだろう。経済学者不在は、戦後の米国の歴代政権でも初めてのことである。よく共通項を指摘されるレーガン政権の「レーガノミクス」のように、「トランプノミクス」などと呼ばれることもない。

 経済学者の側が政権に参加してしまえば、その後の「レピュテーション・リスク」(名声の危険)が高まると読んでいる面はある。しかし、トランプ大統領の経済音痴のために世界経済が危機に巻き込まれようとしているときに、米国の経済学者の「沈黙」は無責任である。ここで虚無主義に身を任すのは罪でさえある。

 何のためにノーベル経済学賞の栄誉に浴する多くの経済学者を輩出したか、米国の経済学者たちは連帯して、トランプ大統領に、粘り強く過ちを説くべきである。歴代政権に影響力のあったサミュエルソン教授やフリードマン教授がいたら、学派を超えて間違いなく連帯していただろう。

民主主義と資本主義の複合危機

 強権政治が危険なのは、戦後世界の土台になってきた民主主義と資本主義の複合危機を招きかねないところにある。

 強権政治に共通しているのは、批判を許さず言論の自由を葬り去ろうとしている点にある。トランプ大統領が米国の主要メディアを「国民の敵」と呼び、批判的な報道を「フェイク(偽)ニュース」と決めつけるのは、言論の自由を最優先してきた米国の建国の精神を真っ向から否定するものだ。

 こうしたトランプ氏の反メディア姿勢に対して、ニューヨーク・タイムズやボストン・グローブなど全米300以上の新聞社が一斉に反対の社説を掲げた。これは米国に言論の自由が生きている証拠である。米国の民主主義の健全性を示している。その一方で、トランプ大統領のあからさまな反メディア姿勢が米国の有権者の間で一定の支持を得ているのも事実である。米国の民主主義の衰退を直視するしかない。

 問題は、こうした民主主義の衰退が資本主義の危機に結びつきかねないことだ。強権政治による中央銀行への介入は危険な兆候だ。エルドアン大統領がトルコ中銀を支配下に置くだけでなく、トランプ大統領も「低金利が好きだ」と公言し、パウエル米連邦制度準備理事会(FRB)議長の利上げ路線を「気に入らない」とあからさまにけん制している。誤った経済観にもとづく中央銀行への介入は、世界経済を危機にさらすことなる。

 「大統領よ、あなたは間違っている」。こう正面切って言える勇気ある人々が続々登場するのを期待したい。強権に対抗できるのは、自由な言論しかない。

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