トルコショックが収まるには、エルドアン大統領自身が強権政治を改め、中央銀行の独立を認め、利上げなど経済常識を取り戻すしかない。しかし、それはいまのところ望み薄というしかない。

新興国に連鎖、欧州、中東にも波紋

 トルコショックは、対外債務を抱える新興国に連鎖する。トルコリラと並んでアルゼンチンペソは昨年末比で4割の下落を記録した。ロシアルーブルやブラジルレアルも1割を上回る下落である。通貨安は南アフリカランド、インドルピー、インドネシアルピアなど新興国のほぼ全域を覆っている。ドル建て債務の多い国ほど、通貨安に見舞われる。アルゼンチンは年40%の政策金利を45%にする緊急利上げに追い込まれた。下落幅が相対的に小さいインドネシアまでが利上げを余儀なくされている。

 欧州にも不安が広がる。トルコ向け債権はスペイン、フランス、イタリアの銀行に多く、トルコが受け入れる直接投資残高の75%は欧州からの投資である。ユーロ危機からの回復途上でまだぜい弱な南欧経済が揺さぶられることにもなりかねない。

 何よりトルコの混迷がEUの難民危機を再燃させることが懸念される。シリアからの難民がトルコ経由で、再びEUに流入する可能性が高まるからだ。難民問題の解決に政権維持をかけるメルケル独首相が、トルコショックの打開に手をさしのべようとするのはそのためだ。

 トルコは北大西洋条約機構(NATO)加盟国であり、トルコの混迷は、ただでさえきしんでいる米欧同盟に新たな波乱要因を持ち込む。トルコは中東の地域パワーであるとともに、EUに接し長く加盟交渉を続けてきた。この複雑な地域の要衝が混乱すれば、米欧だけでなく、ロシアや中国を含めてパワーバランスを崩す恐れもある。

トランプショック生んだ大誤解

 トルコショックの引き金を引いたのは、トランプ米大統領である。中間選挙をにらんで選挙地盤の福音派牧師の解放を最優先させているためだが、トランプ氏の経済音痴こそ世界経済を混乱させる最大の要因である。環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱、北米自由貿易協定(NAFTA)の見直し、中国、EU、日本など主要国・地域を相手した関税引き上げによる貿易戦争は、2国間の貿易赤字を「損失」と考える大誤解からきている。貿易に損はない。貿易は「ゼロサム」の世界ではない。貿易の拡大は「プラスサム」「ウィンウィン」そのものである。

 たしかに、米国にはこれまでにも2国間の貿易赤字を解消しようとする貿易摩擦はあった。日米間では、繊維、カラーテレビ、鉄鋼、自動車、半導体など個別摩擦の火種が絶えなかった。しかし、苦労してまとめあげたはずの通商合意は結局、何の意味ももたなかった。それが日米の苦い教訓である。その一方でグローバル経済が進展するなかで、貿易だけでなく投資や技術協力による相互依存が深まり、2国間の貿易摩擦は「過去の遺物」になっていた。

 トランプ流保護主義はこの「過去の遺物」をあえて掘り返し、時計の針を数十年逆戻りさせるものである。世界がもの作りとIT(情報技術)を融合させる「第4次産業革命」のさなかにあるなかで、時代遅れの発想法である。重厚長大産業の保護を「安全保障」のための言い張るのは無理がある。

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