メイ首相はBREXIT交渉の最前線に立つ決死の構えで、さっそく夏季休暇中のマクロン仏大統領との首脳交渉に決着の道を探ろうとした。しかし、マクロン大統領には、フランス出身のバルニエ首席交渉官に代わりコメントするつもりはないと、すげなくされる有り様だ。そんななかでカナダ出身のカーニー・イングランド銀行総裁までが「合意なしの無秩序離脱に陥る可能性がある」と述べ、ポンド売りを誘っている。
10月の実質期限を前に、EUと英国の間には、離脱をめぐって詰めなければならない難題が多い。なにより英国領の北アイルランドと隣接するEU加盟のアイルランドの「国境管理」をどうするかが決まっていない。北アイルランドをめぐる複雑な内政事情もからむだけに、打開の道はみえない。英国がソフト離脱の柱として提案した「モノの自由貿易圏」創設もEUは疑問視している。
10月までに合意できなければ、2020年末までに設定された激変緩和のための「移行期間」合意まで白紙になりかねない。このままでは、時間切れで何も合意できない「無秩序離脱」になるか、それとも交渉期限の延期をめざすことになるのか、どちらにしろ政治の混迷は避けられず、メイ政権の存続さえも危ぶまれる。
無秩序離脱かEU回帰か
かりに「無秩序離脱」という事態になれば、政治の混迷だけでは済まされない。肝心の英国経済が致命的な打撃を受ける。英国は世界貿易機関(WTO)ルールに身を任せることになり、EUとの間に関税が発生し、サプライチェーンは分断され、外資流出に拍車がかかる。ポンド安どころかポンド危機に見舞われるだろう。EUと外資に依存してきた英国経済は、転落の道に足を踏み入れるしかなくなる。スタグフレーション(不況とインフレの同時進行)によって、新たな英国病に悩まされることになる。
英国経済の強みであるロンドン・シティーの金融センターとしての座も危うくなる。事実、危機に備えて、シティーに集まってきた世界の金融機関は、フランクフルト、パリなど欧州大陸への機能分散を急いでいる。
こうしたなかで、英国内では「BREGRET」(EU離脱への後悔)から「BRETURN」(EU回帰)を求める動きが強まっている。EU離脱の是非をめぐって、国民投票を再実施すべきだという声が優勢になっている。再実施をすべきという意見がすべきでないという意見を上回る世論調査も出てきた。メイ首相は「BREXITはBREXIT」として、国民投票の再実施はしないと明言しているが、保守党内にも国民投票の再実施論が浮上してきている。
国民投票の再実施論が浮上しているのは、「無秩序離脱」が危険すぎるためだが、もともと英国内にある「EU残留」論が息を吹き返したとみることもできる。
「脱欧入亜」への漂流より、EU回帰の方が英国にとって、ずっとまともな選択といえる。ただし、EU回帰には条件がある。EUからどう利益を得るかというこれまでの姿勢を変えて、EUにどう貢献するかが問われる。アウトサイダーのままでのEU復帰は意味がない。ユーロに加盟できるかどうかが試金石になるだろう。独仏主導のEUだが、英国の復帰があれば、独仏英の連携によってEU再生に道を開くことにもなる。
「脱欧入亜」か「EU回帰」か、英国は戦後最大の岐路にさしかかっている。
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