メルケル首相の呼びかけで6月24日に開いた緊急のEU首脳会議では、難民の流入を抑えることで一致したものの、難民の受け入れ分担では結論は出なかった。なにしろ、難民受け入れを拒むハンガリーやポーランドなど旧東欧4カ国が、この緊急首脳会議に参加しなかった。EU内でのメルケル首相の神通力がいかに低下したかを物語る。

 メルケル首相は、ワールドカップでのドイツの第1次リーグ敗退に「今夜はみんなが悲しんでいる」と述べた。前回大会のように現地に飛んで応援するといったゆとりは全くなかったのである。

60年ぶり不参加のイタリア、難民で強硬姿勢

 サッカー大国であるイタリアがワールドカップに参加できなかったのは60年ぶりのことである。そのイタリアでは、極右・ポピュリズムの連立政権が成立した。コンテ新首相は反ユーロの財務相起用に大統領から拒否権を発動され、いったんは組閣を断念したが、組み換えによって、結局、連立政権は誕生した。学者出身で政治経験のないコンテ首相を動かしているのは、極右「同盟」の党首サルビーニ内相である。反難民・移民を掲げて勢力を拡大してきた。

 イタリアに来た難民船の受け入れを拒否して波紋を広げた。結局、スペインが受け入れて事なきを得たが、人道危機の危険をはらむ行為だった。

 6月28、29日のEU首脳会議で最初から大立ち回りを演じたのは、イタリアの学者宰相だった。難民問題でイタリアの主張が受け入れらないと「すべての合意なしでEU首脳会議を終わらせる」と強硬姿勢を示した。地中海を渡って難民が大挙して到来するイタリアの負担を分担させるのが狙いである。

 EU首脳会議は徹夜の協議を続けた結果、難民問題で決裂という事態だけは防いだ。合意点は、アフリカなど域外での難民審査施設を建設するとともに、EU加盟国が自主的に難民審査施設を建設するというものだ。コンテ首相は「満足している。イタリアはもはや孤立していない」と評価してみせた。しかし、どのEU加盟国がそうした施設を建設するかは決まっていない。北アフリカでの施設建設も不透明だ。難民問題をめぐる対立の根は残されている。

 イタリアはワールドカップでの不在という屈辱から脱してサッカー大国の再建をめざすだろう。その一方で、コンテ首相は難民問題で極右「同盟」の主張にばかり耳を貸すと、左派ポピュリズムの「五つ星運動」との亀裂が深まり、政権運営がぎくしゃくする可能性がある。フランスのマクロン大統領は、イタリアのサルビーニ内相の強硬姿勢を警戒しており、EU内で「イタリアの孤立」がさらに鮮明になる恐れもある。

旧東欧圏もアフリカ勢も敗退

 世界ランク8位の強豪、ポーランドも苦戦を強いられた。決勝ラウンドへの進出を決めた日本には勝ったものの、エースストライカーのレバンドフスキ選手は不発のまま大会を去った。

 ポーランドはハンガリーと並んで反難民で知られる。労働組合運動のワレサ元大統領や映画監督のアンジェイ・ワイダ、さかのぼればピアニストのショパンを生んだこの進取的な国でなぜ閉鎖的思想が生まれるのか。ポーランドの政権に対しては、EUからは法の支配が浸透しているのかと疑念の目でみられている。開明的なトゥスクEU大統領がEU内で最も警戒しているのが母国の政権であるのは大きな皮肉である。