ミッテランとの独仏連携でEU統合

 歴史が幸運に恵まれたのは、冷戦終結後の大転換期に、決断力と実行力のある政治家が独仏にいて、その強力コンビでEU統合に推進力を発揮したことである。キリスト教民主同盟(CDU)のコール首相と社会党のミッテラン仏大統領は政治思想では左右に分かれてはいたが、政治思想の違いは乗り越えられた。そこには、EU統合への強い政治的意思という共通項があった。

 コール、ミッテランの強力コンビはユーロ創造と合わせたEUの東方拡大へと続く「大欧州」への基盤を築いたといえる。まさにEUの黄金時代の担い手だったのである。

 この強力コンビにもEU内で手ごわい存在がいた。マーガレット・サッチャー英首相である。ドイツ統一に反対し、ユーロ創造にも抵抗した。英国はポンド投機を浴びEMSからの離脱を迫られた。ユーロを軸にしたEU統合は英国抜きで進められたといえる。その後のBERXIT(英国のEU離脱)につながる英国内のEU懐疑論は、コール・ミッテランの独仏連携の時代に形成されていた。

EU再生へメルケル・マクロンの共同責任

 コール・ミッテランの独仏連携が残した遺産をどう再生するかは、メルケル独首相とマクロン仏大統領よる新コンビの共同責任だろう。「戦争と平和の通貨」ユーロは、創設当初は成功物語が目立ったが、国際政治優先であるがために構造的矛盾にも直面した。金融政策は一元化しても、財政政策は別々という矛盾である。ユーロ危機はこの国際政治通貨の構造的矛盾が背景にある。

 マクロン大統領が提起しているユーロ共通予算編成やユーロ財務省の創設など財政統合にどう取り組むかが大きな課題である。いまのところドイツは財政統合には慎重姿勢を崩していないが、独仏連携によるEU再生をめざすなら、メルケル首相にも何らかの歩み寄りが求められる。財政規律と成長戦略をどうバランスさせるかもEU再生のカギを握る。

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