今月16日に死去したヘルムート・コール独元首相が欧州に残した遺産は大きかった。冷戦終結の機をとらえて、負担覚悟で両独統一を実現し、ドイツ国民の悲願を成就させた。「強過ぎるドイツ」への欧州内の警戒心を解き「欧州のなかのドイツ」を立証するため、最強の通貨・マルクを捨て、フランソワ・ミッテラン仏大統領とともに欧州単一通貨ユーロを創造した。そこにあったのは、歴史に根差した「統合の精神」だった。欧州連合(EU)はユーロ危機や難民危機で揺さぶられはしたが、コール氏の遺産を生かし、独仏連携を軸に統合に向けて再出発しようとしている。

ヘルムート・コール独元首相 (1991年11月にドイツ・ミュンヘンで撮影、写真:アフロ)

地味な大男が両独統一の悲願成就

 コール氏は1982年の西独首相就任当初は、さして目立った存在ではなかった。1980年代はじめブリュッセル特派員として欧州共同体(EC)首脳会議の記者会見などに立ち会ったが、ミッテラン仏大統領の影に隠れる大男にみえた。前任のヘルムート・シュミット元首相が才気にあふれていただけに、同じヘルムートで比べられてかなり損をしていた。田舎風政治家の印象が強かった。実際には、シュミット氏がドクター(博士)であるのに対して、コール氏は政治、歴史学を学んだ「プロフェッサー・ドクター」(教授・博士)と最上級のインテリだったのである。

 先進国首脳会議(サミット)の場でも地味だった。必ずロナルド・レーガン米大統領の隣にいる中曽根康弘首相が英語をしゃべるのに対して、コール氏は「英語もしゃべらない」と米人記者のなかではあまり評判がよくなかった。

 その地味なコール氏が1989年11月9日のベルリンの壁崩壊を受けて、ドイツ統一への歴史的決断をし、機関車のような行動力を発揮するのである。冷戦の終結という歴史的機会を実らせたのは、指導者の決断と実行力であることが立証された。