6月12日、昼食前に並んで散策するドナルド・トランプ米大統領と北朝鮮の金大恩委員長(写真:ロイターアフロ)
歴史的であるはずの米朝首脳会談の評価が割れている。朝鮮半島の完全な非核化では合意したが、そのプロセスが依然、不透明であるからだ。世界に「核保有の優位」があるかぎり、北朝鮮は簡単には核放棄せず、「弱者の恫喝」に戻るという疑念が払しょくできないからでもある。
米朝協議を通じて非核化へのプロセスを確かにするのは当然だが、それだけではすまない。「核兵器なき世界」への道に踏み出して初めて朝鮮半島の非核化は実現する。とりわけ朝鮮戦争の終結にかかわる米ロ中には徹底した核軍縮が求められる。米朝合意を「核兵器なき世界」にどうつなげるか、唯一の被爆国である日本の役割は決定的に重要である。
緊張は緩和されたが
米朝首脳会談は、「弱者の恫喝」と「強者の恫喝」が対峙するなかで実現した。トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長がともに緊張しきって見えたのはそのためだろう。
超大国である米国と貧しい北朝鮮の経済力の差はとてつもなく大きい。韓国の研究者の推計では韓国は北朝鮮の48倍の国内総生産(GDP)がある。米国はその韓国の12倍の経済力があるから、米国と北朝鮮の経済力は600倍近くの格差がある。それどころか1000倍の格差があるという説もある。
そんな超大国から「対等の首脳会談」を引き出したのだから、北朝鮮による「弱者の恫喝」がいかに大きかったかを物語る。北朝鮮の核・ミサイル開発は北東アジアのみならず、世界の脅威になっていた。
その北朝鮮に対して、軍事行動も選択肢としたトランプ米政権の「強者の恫喝」もまた大きかった。国連決議による経済制裁と合わせて、北朝鮮を窮地に追い込んだといえる。
「弱者の恫喝」と「強者の恫喝」の対峙が、緊張を一気に高めたのは事実だろう。米朝首脳会談でどちらが勝ったのかは、今後の朝鮮半島の非核化と安定にかかっているが、米朝首脳会談が実現したことで、懸念された戦争の危機が回避できたことはたしかである。最悪の事態になれば、日本は最も大きな被害をこうむっていたかもしれない。この点で、米朝首脳会談は単なる政治ショーの領域を超える大きな意味をもっていたといえる。
核放棄への疑念はなぜ残るか
今後の米朝協議を通じて、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)を達成できるか、国際社会はなお疑念をもっている。2005年の6カ国協議の共同声明がすべての核放棄を盛り込んだにもかかわらず、そのプロセスや期限を設定しなかったために、核放棄が実現されなかった苦い歴史がある。
大きなコストと国家の威信をかけて取り組んできた核開発を北朝鮮は簡単に放棄できるのかという疑念がある。リビアや南アフリカのように核放棄に追い込まれた国はあったが、核開発はまだ初期の段階だった。これに対して、北朝鮮はそれを認めるかどうかは別にして、「事実上の核保有国」になったとみられている。
北朝鮮が核開発に傾斜してきたのは、世界に「核保有の優位性」があると見てとったからだろう。どんな貧しい国でも「核保有国」という「地位」を獲得すれば、国際交渉力を大幅に高められる。それを考えると、核開発は相対的には割安だと判断してきたのかもしれない。北朝鮮がそうして獲得した「核保有国」の座を簡単に手放すのか、国際社会が疑念をもつのは当然かもしれない。
「核兵器」という幻想
核兵器を保有することは「核抑止力」という安全保障上の絶対的な武器を手にすることになると考えがちだ。しかし、戦後の歴史を振り返れば、それがいかに大きな幻想であるかがわかる。
冷戦で超大国・米国と核軍拡競争を繰り広げた旧ソ連は、財政破綻し崩壊した。欧州連合(EU)のなかで、英国とフランスは核保有国だが、最も信認され経済競争力も強いのは英仏ではなく、核兵器をもたないドイツである。インドに対抗して核保有を急いだパキスタンは、北朝鮮への核技術流出で国際批判を浴びた。貧困国からいつまでたっても抜け出せない。
何より第2次大戦中の米国による広島、長崎への原爆投下を最後に、核兵器は一度も使用されていない。核兵器使用が人類と地球にいかに甚大で悲惨な結果をもたらすかを広島、長崎からの粘り強い発信を通じて、世界中が認識しているからだ。
国際政治の世界では「核の先制不使用」が論議されることがあるが、核兵器そのものが使用することを許されない武器なのである。核使用は国家どころか地球そのものを破壊させる。人類の危機である。
朝鮮半島の非核化は米ロ中の核軍縮と合わせて
朝鮮半島の非核化を実現するうえでCVIDが欠かせない条件であることはいうまでもない。国際原子力機関(IAEA)の査察など国際監視が重要になる。日本も含めて関係国は核廃棄のために一定の経済支援も求められるだろう。
それだけではすまない。朝鮮戦争の終結プロセスに参加する米ロ中という当事国は、核軍縮に取り組む責務がある。トランプ米政権がオバマ前政権の「核兵器なき世界」をめざす核軍縮の潮流を逆行させ、小型核兵器開発など核軍拡に動いているのは深刻な問題だ。時代錯誤も甚だしい。このトランプ政権の動きに対抗して、ロシアのプーチン政権も核増強を表明している。ソ連崩壊の教訓をもう忘れたのだろうか。米ロの核軍拡競争が始まるとすれば、歴史の皮肉である。
北朝鮮に最も大きな影響力をもつ中国は、オバマ政権下で世界的な核軍縮の機運が高まっていた際にも、独り核軍拡に取り組んでいた。それが海洋進出と合わせて超大国・米国に対抗する軍事的拡張の一環だとすれば、危険である。
朝鮮半島の非核化を実現し、朝鮮戦争を終結して北東アジアの安定を確保するうえで、核保有国である米ロ中の責任は大きい。米ロ中は足並みをそろえて、核軍縮を進めることが求められる。
唯一の被爆国としての地球責任
米朝合意を受けて試されているのは、日本の外交である。安倍晋三政権が主権国家として北朝鮮の拉致問題に取り組むのは当然である。トランプ大統領にあっせんを依頼するだけでなく、日朝首脳会談の開催をめざすのは理解できる。しかし、唯一の被爆国である日本の外交に求められるのはそれだけではない。米朝合意を「核兵器なき世界」につなげるための外交である。
唯一の被爆国であるにもかかわらず、日本が核兵器禁止条約に加盟しないのは、痛恨の極みである。ドイツなど北大西洋条約機構(NATO)加盟国も核兵器禁止条約に加わっていないが、唯一の被爆国としての地球責任は同盟より重いはずだ。米国の「核の傘」にありながら、核兵器禁止条約に加盟するのは矛盾だという声もあるが、同盟と地球責任では次元が違う。核兵器禁止条約に加盟したうえで、米ロ中など核保有国に徹底した核軍縮を求めるのが筋である。
合わせて、広島、長崎からの核廃絶への発信をさらに強化することだ。来年の大阪での20カ国・地域(G20)首脳会議の際には、首脳の広島訪問を呼び掛けるべきだ。
世界の論者のなかには、日本も核武装を目指すべきだなどという暴論を吐く向きもある。原子力発電技術の蓄積もあり、日本が核開発に動くのではないかという疑念があるのは事実だ。国際社会からプルトニウム保有の抑制を求められるのはそのためだろう。こうした疑念を払拭するためにも、日本はいまこそ「核兵器なき世界」への外交の先頭に立つべきである。
トランプ追随から大転換を
北朝鮮問題をめぐる安倍政権の外交はトランプ政権への追随が目に付いた。北朝鮮への「最大限の圧力」では、最初は日米連携が功を奏したが、トランプ大統領による米朝対話路線への転換で、安倍外交ははしごを外された。トランプ追随を続けるだけでは、朝鮮半島の非核化と安定のために応分の負担を超えた巨額の負担を強いられる可能性も残る。
トランプ外交への追随から転換するうえで、カギを握るのは、「核兵器なき世界」への日本の主体的外交である。「核兵器なき世界」は、唯一の被爆国である日本の歴史的責任である。そうした主体的外交への転換こそ、朝鮮半島の非核化と安定に大きく貢献することになるだろう。
外交の軸を転換することによって、北朝鮮危機で「蚊帳の外」にあった日本は、重要な役割を演じられる。それは、安倍政権の優先課題である拉致問題の解決にも結び付くはずである。
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