フランス再生に試される手腕

 問題は、「右でも左でもない」ことによって浮上したマクロン大統領が政権の基盤を国内で固められるかである。まず6月の議会選挙で急ごしらえの「前進」がどこまで議席を確保できるかである。そして共和党、社会党というマクロン支持に回った旧勢力との連携を形成できるかである。極右「国民戦線」は大統領選の終盤で伸び悩みが目立ったが、3分の1強の支持をえた「怒り」を無視することはできないだろう。

 これらにバランスよく最適解をみつけるのは至難である。成長と分配(社会保障)、財政規律と成長戦略の兼ね合いをどこにみつけ、実践するかである。出遅れた労働市場改革や法人税減税はマクロン氏自身、投資銀行家、経済相の経験を生かす場面だろう。

 重要なのは若き大統領を支えるブレーンの存在である。政策綱領をまとめたジャン・ピサニフェリー・パリ大教授は、国際派でバランスの取れた経済学者として知られる。政府の経済顧問もつとめた。EU統合を推進するブリュッセルのシンクタンク、ブリューゲルの所長をつとめたこともある。

 フランスの学者といえば、反グローバル、反EUの論客、エマニュエル・トッド氏や格差論のトマ・ピケティ教授らどちらかといえば異端派が目立つが、ピサニフェリー教授は正統派の経済学者といえる。こうしたブレーンの存在こそ、フランス経済界を安堵させる大きな要因である。

仏独連携を再構築

 マクロン氏の勝利に、EU首脳たちはこぞって大歓迎した。EU崩壊の危機を防ぎ、EU統合が再起動できるきっかけになったからだ。とりわけドイツのアンゲラ・メルケル首相は「あなたの勝利は、強く統一された欧州の勝利だ」と歓迎し、独仏連携の強化を呼び掛けた。

 このところのEUのきしみはEUを創設以来主導してきた仏独関係のバランスが崩れたところに原因があった。ドゴール・アデナウアーから、ジスカールデスタン・シュミット、ミッテラン・コール、そしてシラク・シュレーダーまで仏独関係はいつも緊密だった。外交、政治では盟主フランスを立てながら、ドイツは経済で支えるという間柄だった。

 それがメルケル時代になると、メルケル首相とサルコジ仏大統領の関係は「メル・コジ」体制に逆転する。オランド仏大統領の存在感はさらに薄く「オランドはどこに行ったか。どこにもオランド」などと揶揄されるありさまだ。EU内での「メルケル一強」は「ドイツ独り勝ち」を反映している。

 こうした仏独関係を「正常化」させることがマクロン新大統領の使命だろう。そのてこになるのは、フランスの経済再生である。「ドイツ独り勝ち」をもたらしたのは、ユーロ安の恩恵を受けながら、ユーロ危機での財政健全化にこだわったドイツのかたくなさにあったというのが通説である。「ドイツ問題」といわれるゆえんだ。しかし、それは改革を遅らせ成長の機会を失った「フランス問題」でもあった。この「フランス問題」の克服こそマクロン政権の課題である。

 秋のドイツ総選挙では、4選をめざすメルケル首相と社民党のシュルツ前欧州議会議長の争いになるが、もとに「EU推進派」であることに変わりはない。メルケル4選なら仏独関係はさらに強化されるし、シュルツ氏が登場することになっても、成長重視の新たな仏独連携が生まれることになる。