2人の大音楽家の違った道

 こうした欧州の激動のなかで、バロック後期の音楽を先導した2人の大音楽家は、まったく違った道を歩んだ。音楽一家に生まれたバッハは教会音楽家に徹し、ストイックに音楽を追求した。純「国内派」である。これとは逆に、ヘンデルは欧州の田舎であるドイツに飽き足らず、イタリアでオペラを学び、音楽の一大消費地である英国に渡って、人生の3分の2を過ごすことになる。そして晩年は故国ドイツには戻らず英国に帰化する。時代に沿った「国際派」だった。イタリア語のオペラにとどまらず、英語のオラトリオを通じて、貴族のためのものだった音楽を大衆に広める役割を担った。

 同じ宗教音楽でも、バッハの「マタイ受難曲」はあくまで荘重だ。聞き終えて会場を出るとき足取りが重くなる。一方、ヘンデルのオラトリオ「メサイヤ」には、長くて疲れても、どこか爽快感がある。

 バッハは生存していた時代にそれほど高い評価を受けていたわけではない。絶対的な評価を受けるようになるのは、死後数十年経ってからだったといわれる。チェロの名曲、「無伴奏チェロ組曲」にいたっては、13歳の少年パブロ・カザルスが19世紀末に発見するまで埃をかぶったままだった。

 これに対して、ヘンデルは時代の寵児であり、バロック音楽のスーパースターだった。同年代のバッハはそんな有名人に面会を申し入れたが、ヘンデルは取り合わなかったといわれる。互いに影響されることもなく、それぞれの道を歩んだのは、音楽の純度を高めるうえでむしろ意味があったかもしれない。

2人に共通するもの

 バッハは没後「音楽の父」とあがめられ、「3B」(バッハ、ベートーベン、ブラームス)というドイツ音楽の系譜を築いた。ヘンデルはドイツからはドイツ人音楽家といわれ、英国からは英国人音楽家として尊敬された。どちらの音楽人生が正しい道だったかは一概にはいえない。

 2人に共通するのは、その音楽が様々な楽器で演奏されることだ。バッハのシャコンヌ(無伴奏バイオリン・パルティータ2番の終曲)は、ピアノ(ブゾーニ版)やクラシックギター(セゴビア編)などほかの器楽で演奏されるだけでなく、オーケストラの曲にもなっている。神の啓示を受けたとしか思えない荘重な音楽である。

 一方、ヘンデルのハープシコード組曲2番の第4曲、サラバンドは、映画「バリーリンドン」の冒頭に流れる壮麗な曲である。クラシックギターでは稲垣稔の演奏が美しい。

 戦後の日本の音楽界を率いた伊福部昭は映画「ゴジラ」のテーマ曲で知られるが、クラシックギターも演奏した。愛奏したのは、このバッハのシャコンヌとヘンデルのサラバンドだといわれる。時代を超えた運命的な響きを共有していたからだろう。

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