ドイツの社会民主党が連立政権入りを決定。これにより、メルケル首相の4期目がようやくスタートすることになる。写真は、キリスト教民主同盟(CDU)の2月の党大会。(写真:AFP/アフロ)
世界が保護主義や強権政治化で混迷するなかで、最もまともな政治家とされるメルケル独首相はようやく4期目に入れることになった。キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と大連立を組む社会民主党(SPD)の党員投票で承認された。政治空白は5カ月に及び、メルケル首相の求心力は低下したが、国際協調を主導し「世界のアンカー」役を担うことが再び期待される。なによりトランプ米大統領の暴走を止められるかが問われる。イタリア政局の混迷や東西亀裂など欧州連合(EU)は難題を抱えるが、マクロン仏大統領との独仏連携をてこにユーロ改革などEUを再起動させることが使命である。
長かった政治空白・低下した求心力
ドイツ社民党の党員投票を世界はかたずをのんで見守った。大連立が承認されなかったら、ドイツ政治は戦後初の少数与党になるか再選挙になるか混迷がさらに長期化するリスクがあった。これはEU運営だけでなく世界全体にも揺さぶりかねない事態だった。それだけに、66%という大差で大連立が承認されたことに安堵が広がった。
昨年9月にドイツ総選挙以来、ドイツ政治は迷走した。大連立を組むメルケル首相率いるCDU・CSUもSPDも大幅に議席を減らし、極右の「ドイツのための選択肢」(Afd)が台頭して初めて議席を獲得した。難民問題だけでなく、旧東独に蔓延していた「昔は良かった」症候群がこの総選挙に響いた。大連立は崩壊し、メルケル首相は環境問題などで政策理念が違う緑の党と自由民主党との「ジャマイカ連合」を模索せざるをえなかったが、破談に終わる。
そこで再びSPDとの大連立に戻ることになる。欧州議会議長をつとめた欧州主義者であるシュルツ党首に対して、マクロン仏大統領らEU首脳が強く働きかけたことが大連立交渉再開につながる。しかし、難民、医療、ユーロ改革などで溝が深く、調整に時間をかけざるをえなかった。
政治空白の長期化で、メルケル首相の求心力は低下する。難民問題で反メルケルを鮮明しているシュパーン財務次官を保健相に起用するなど党内融和につとめるしかなかった。それ以上に外相だけでなく、財務相までSPDに明け渡すといった譲歩を繰り返した。3月半ばには4期目のメルケル政権が発足するが、大連立によって、野党第1党は極右のAfdになる。政権運営は厳しさを増すとみておかねばならないだろう。
トランプの暴走を止められるか
そんな足元が確かでないメルケル首相だが、この最もまともな政治家に世界の期待が集まっているのはたしかである。なにしろ世界はトランプ大統領をはじめとするポピュリスト(大衆迎合主義者)と習近平中国国家主席やプーチン・ロシア大統領ら強権政治家が跋扈する異常事態にある。習近平国家主席は任期撤廃を打ち出し、プーチン大統領は核軍拡競争を乗り出す姿勢を鮮明にしている。そうしたなかだけに、国際協調と自由貿易を守り中道の民主政治を地道に進めるメルケル首相の存在価値は高い。
なにより、トランプ大統領の暴走を止められるかが問われる。トランプ大統領は鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の追加関税を課すとあからさまな保護主義に打って出た。これに中国やEU、カナダは対抗装置を打ち出す構えだが、その対抗措置にまた欧州車への課税など報復をちらつかせている。世界貿易機関(WTO)体制を揺るがすものである。トランプ大統領は「貿易戦争、いいじゃないか。簡単に勝てる」などと米大統領にあるまじき発言を繰り返している。保護主義が世界貿易と世界経済を委縮させ、市場に大きな波乱要因になるのは間違いない。「貿易戦争」に勝者はなく、世界中が敗者になる。
メルケル首相はさっそくこのトランプ発の「貿易戦争」を防ぐため行動することが求められる。政治空白の5カ月の間、トランプ大統領への警告もあまり聞かれなかった。4期目に入れば、トランプ大統領に直言することから始めなければならないだろう。
「メルクロン」でEU主導
ドイツの政治空白の間、孤軍奮闘していたのは若きマクロン仏大統領である。EUを前に動かすとともに、反トランプなど世界への発信を一手に引き受けてきた。メルケル不在でかえってマクロン仏大統領の存在感が高まった面があるのは事実だろう。やや皮肉だが、それは若き大統領のデビューには好機だったのかもしれない。
メルケル政権がEU重視のSPDとの大連立に戻ったことで、マクロン大統領が掲げるユーロ改革には実現に向けて動きやすくなったといえる。マクロン大統領はユーロ共通予算やユーロ財務省など野心的なユーロ改革案を掲げてきたが、SPDはこれに同調し、大連立合意に大筋盛り込まれた。こんどはユーロ改革に慎重姿勢も残るメルケル与党との調整が重要になるが、ユーロ改革が懸案の「財政統合」に第一歩を踏み出すことになる可能性もある。メルケル首相が懐の深さを示せるかどうかが試される。
そうなれば、「メルクロン連携」がユーロ改革をてこにEUを再起動させる機会になるだろう。
イタリア混迷などEUに不安は残るが
メルケル首相の「復活」はEUの好材料だが、同じ3月4日に実施されたイタリア総選挙によるイタリア政治の混迷は、EUには不安材料である。
総選挙はベルルスコーニ元首相率いる中道右派連合、レンツィ前首相の中道左派の民主党、ディ・マイオ党首率いるポピュリズムの「五つ星運動」の三つ巴の争いになったが、中道右派連合が首位になった。第1党は五つ星運動である。しかし、どの党も過半数には達せず、「ハング・パーラメント」(宙吊り議会)に状態になり、どんな形の連立政権になるか情勢は極めて流動的である。
イタリア政治の混迷は半ば常態化しており、ドイツ以上に政治空白が長引く可能性さえある。中道右派連合の「北部同盟」は反EU姿勢で移民排斥など鮮明にしているし、五つ星運動も反ユーロを掲げてきた。
しかし、選挙戦では五つ星運動は反ユーロを封印するなど現実路線に転じ支持を拡大したとみられる。選挙結果がすぐに「反EU」「反ユーロ」につながるとみることはできないだろう。危険なのは、五つ星運動と北部同盟の連携だが、連立の組み方によっては、過激な「反EU」「反ユーロ」を薄められることも考えられる。イタリア経済の低迷は続いており、どんな政権であれ、好調なユーロ圏経済との連携が欠かせない。
EUにとって、深刻なのは「東西亀裂」である。とりわけポーランドは司法の独立を尊重していない。EUの基本的価値を損なうことになれば、EUの議決権を停止される可能性もある。ポーランド政治の行方しだいでハンガリーなど旧東欧圏にも連鎖しかねず、亀裂が深刻化する恐れもある。
ユーロ危機はEU内で「南北亀裂」を招いたが、ユーロ危機が収束したいま「東西亀裂」という事態に直面している。
最後の重い使命
メルケル首相は単なるドイツの首相ではない。EUの盟主であり、「世界のアンカー」である。長い政治空白で求心力は低下し、4期目の任期を全うできないのではないかともいわれる。早くも「レームダック」説がささやかれるなかで「ポスト・メルケル」への動きも活発化しメルケル首相の足元を揺さぶるだろう。
しかし、世界を見渡して今ほどメルケル首相に「世界のアンカー」としての期待が集まっている時期はない。EU内の信認はフランスや欧州委員会だけでなく旧東欧圏も含め最も厚い。英国のEU離脱では、メイ首相が頼みの綱としている。中国との関係は先進国首脳で最も深く、ロシアの関係も歴史的に深い。そして何より、トランプ米大統領と握手をせず、同盟国として物申せる立場にある。
世界の危機を救うのに、この習熟したまっとうな政治家に託すしかない。メルケル首相の最後の仕事は限りなく重い。
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