ジャッキー・ロビンソン選手の背番号42は全チームの永久欠番であり、ロビンソンが大リーグデビューした4月15日には全選手が背番号42をつけてプレーする。

 大リーグは移民社会、多民族国家、米国の象徴である。大リーグをみれば、米国がわかる。筆者がヤンキー・スタジアムに通ったもうひとつの理由はそこにある。

「4番最強」VS「2番最強」

 WBCはそんな野球と米国社会の歴史に触れる機会になる。同時に、日米の野球文化の違いを肌で感じる機会でもある。

 例えば、打順の組み方である。日本野球では当然のように「4番最強」が採用される。4番に座るのは、やはりDeNAの筒香選手であり、日本ハムの中田選手ではない。4番候補から「格下げ」されたことで気落ちしないよう小久保監督は事前に中田選手に説明したという。それほど日本野球では4番打者は打線の核であり、象徴でもある。

 ところが大リーグでは「4番最強」はほとんど聞かれない。「3番最強」から「2番最強」になってきている。上位打者ほど重量化する「トップヘビー」化という潮流である。攻撃力を一気にフル稼働させるのが、勝利への近道と考えるからだろう。

 もともと大リーグは「3番最強」がふつうだった。戦前のヤンキースは3番がベーブ・ルースで4番はルー・ゲーリックだった。だから背番号はルースが3で、ゲーリックは4だった。ともに強打者だが、最強打者はホームラン王のルースだったことは間違いない。

 その「3番最強」が「2番最強」に進化している。その兆候は1980年代からみられた。筆者がニューヨーク駐在のころ、アメリカン・リーグで首位打者を争っていたのは、ヤンキースのドン・マッチングリー選手とボストン・レッドソックスのウエイド・ボッグス選手だったが、ともに2番打者だった。しかし、当時はまだホームラン・バッターではなく、いわゆる首位打者を狙える好打者が2番を打っていた。それが、最近は最強のホームラン打者が2番を打つケースが増えている。これは明らかに米大リーグの大きな変化といえる。

 これに対して、日本の野球は「4番最強」から抜け切らない。2番打者は小柄で流し打ちがうまく犠打をいとわない。チームプレーに徹した選手というイメージが強い。1発より打線のつながりを重視するきめ細かな野球を求めれば、2番打者の役割はたしかに重要だ。2番打者は決して主役ではなく、クリーンアップにつなぐ脇役ということになる。

 もっとも、「4番最強」であるはずの日本野球でも実際には「3番最強」だった時代もある。史上最強チームとされる3連覇した西鉄ライオンズは3番が中西太で4番は大下弘だった。9連覇の巨人は3番王貞治、4番長島茂雄の打順だった。格上の選手に4番を任せるが、最強打者は3番だった。格上の選手のメンツを立て4番に据え、3番最強にした方が実際の攻撃力は高かったのである。