世界のスポーツを見渡すと、野球はサッカーに比べてまだまだマイナーな存在だが、ことしのWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)は米大リーグから有力選手の参加が目立ち、これまでになく盛り上がっている。侍ジャパンへの期待は高いが、見どころはそれだけではない。トランプ米大統領の登場で建設されることになった「国境の壁」を取り払い、「野球に国境はない」ことを証明できるかどうかである。

ドミニカ共和国のリーダー、ロビンソン・カノ選手(シアトル・マリナーズ)。(写真:AP/アフロ)

ロビンソン・カノ選手の名前の由来

 前回(2013年)のWBCで最優秀選手になったロビンソン・カノ選手(シアトル・マリナーズ)はことしもドミニカ共和国のリーダーである。米大リーグを代表する強打の2塁手をニューヨーク・ヤンキースの若手時代、ヤンキー・スタジアムでよく見た。

 すっと打席に立ち、左翼スタンドに強烈なライナーを叩き込んだのには、驚愕した。3塁側内野席にいて、目の前を飛ぶ打球の速さを覚えている。左打者の巧みな流し打ちの領域をはるかに超えていた。2005年ごろヤンキースには、ロドリゲス、ジータ、ジオンビー、ポサダ、そして松井秀喜選手など強打者がそろい、カノ選手の打順は7番あたりだった。それでも、かならず大リーグを代表する選手になると信じて疑わなかった。

 松井選手との会食の場に参加したとき、カノ選手の将来性について聞いたことがある。先輩選手らしく、時折ある凡ミスを厳しく指摘しながら、その潜在力を高く評価していた。予感が見事に当たったのは、野球好きの記者冥利につきる。

 それにしても、カノ選手のファースト・ネームはなぜロビンソンなのか。ロビンソンはふつう苗字に使われる。野球選手だったカノ選手の父親が、黒人大リーガーの草分けになったジャッキー・ロビンソンを尊敬し、その苗字をファースト・ネームに頂戴したのである。だから、ロビンソン・カノ選手の影の名付け親は、ジャッキー・ロビンソンということになる。

 大リーガーになっても、ジャッキー・ロビンソン選手は白人選手たちの迫害に会う。しかし、そのハッスル・プレーとともにチームメートの信頼を勝ち得て、あとに続く選手に道を開くことになる。黒人はもちろん、中南米、日本、韓国、豪州、オランダなど人種、国籍を問わず、米大リーグという舞台に有力選手が集まってきた。野球だけでなかった。ジャッキー・ロビンソンの勇気は、米国の社会そのものを根源的に変える大きな原動力になった。