冷戦時代の「核危機」に酷似

 ミュンヘン安全保障会議では、ロシアの米大統領選への介入疑惑もからみ、核をめぐる米ロ対立が表面化した。核戦略が主要テーマに浮上した。こうした米ロ緊張に欧州諸国は神経をとがらせる。ドイツのガブリエル外相は「欧州を舞台にした武力の論理を望まない」と警告する。そこには、冷戦末期、欧州を舞台に「核の危機」が広がったという苦い体験があるからだ。

 冷戦末期の1980年代なかば、欧州は中距離核戦力配備による米ソ緊張にさらされていた。ソ連がワルシャワ条約機構の東欧諸国にSS20を配備したのに対して、米国は北大西洋条約機構(NATO)加盟の西欧諸国にパーシングⅡや巡航ミサイルを配備する対抗装置を打ち出した。こうしたなかで西欧各国には反核運動が高まる。各国政府はNATOによる米欧同盟関係と国内政治のあつれきに悩まされていた。

 日本経済新聞のブリュッセル特派員として、こうした欧州の核危機を取材していて、核におおわれた欧州は「たそがれの時代」にみえたものだ。活力あふれるアジアとの落差は大きかった。

 ジュネーブでの米ソのINF削減交渉の取材にあたったが、交渉中断という事態に直面した際には、国際緊張の高まりを身をもって感じた。この交渉の米代表であるポール・ニッツェ氏はひとり冷静に「交渉の完全停止ではない」と読んでいたが、このまま核危機が収束できなければ、どうなるのかとほとんどの人は不安をつのらせた。

核危機がもたらしたドル高騰

 欧州を舞台にする核危機は国際政治の緊張を高めただけではない。核危機はドル高騰を通じて世界経済を揺るがした。「たそがれの欧州」のもとで、強いドルと弱い欧州通貨の落差は鮮明だったが、それだけではない。核軍拡競争による米国の軍事費は膨張し、財政赤字は拡大した。それが高金利を招きドル高騰につながる。強過ぎるドルは米国企業の競争力を削ぎ、貿易赤字を拡大させた。財政と貿易の「双子の赤字」である。

 合わせて、高金利・ドル高は中南米諸国の債務危機を深刻化させた。それは米国にとってのもうひとつの頭痛の種だった。

 こうした事態に対応してレーガン米政権が取ったのが1985年のプラザ合意によるドル高是正である。さらにドル急落を防ぐための協調利下げである。それは1987年の米ソINF廃止条約につながり、さらには冷戦終結に結実する。プラザ合意から冷戦終結にいたる一連の冷戦戦略が機能したのは、この時代はまだ米国が曲がりなりにも覇権国として、また西側陣営の盟主として存在していたからだった。そこにトランプ時代の米国との大きな差がある。

財政赤字拡大で金利上昇

 トランプ政権下の核軍拡競争は世界経済を混迷に陥れるのは間違いない。トランプ大統領が打ち出した大型減税や大規模なインフラ投資で財政赤字の大幅拡大が避けられなくなっているが、これに核増強が加われば、財政赤字はさらに膨らむ。景気過熱と合わせた財政赤字拡大は、米国の長期金利上昇につながる。それが米国発の株価連鎖安につながったばかりである。

 ロシアや中国との核軍拡競争に発展すれば、財政赤字は歯止めがきかなくなり、さらなる長期金利上昇を招きかねない。それが世界市場の波乱要因になるのは避けられないだろう。

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