大統領の経済観は間違いだらけ

 トランプ大統領は北大西洋条約機構(NATO)を「時代遅れ」と批判したが、大統領の経済感覚ほど「時代遅れ」のものはない。輸出は利益で輸入は損失だという見方は大きな誤解にもとづいている。誤った経済観にもとづく2国間主義は時計の針を30年戻すようなものである。2国間の貿易不均衡を是正しようとして、保護主義を連発し管理貿易に走れば、世界貿易は縮小し、世界経済は停滞するだけである。

 環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱し、北米自由貿易協定(NAFTA)を見直す。海外に工場進出した企業からの輸入には「罰を課す」として、35%の高関税をかける方針だ。自動車業界をはじめ個別企業への直接的な介入は日常茶飯事だ。「米国第一」の名のもとに、企業のグローバル戦略を力づくで抑え込んでいる。これでは、中国の「国家資本主義」を批判できなくなる。

 トランプ大統領の経済観はこの30年間、進化してないようにみえる。冷戦後のグローバル経済の相互依存は、世界経済全体を大きく底上げした。たしかに先進国の製造業は新興国に追い上げられたが、情報通信革命など産業構造転換が新たな雇用機会を生んだ。この経済の新しい現実を無視して、衰退産業を保護しようとすれば、結局、より大きな雇用機会を失うことになる。長い目で見れば、大統領選でトランプ氏を支えた白人の中低所得層の雇用を奪い、所得格差をさらに拡大させることになる。

 危険なのは、石炭産業の規制緩和などで地峡温暖化防止の潮流に水を差すことだ。環境長官には温暖化懐疑派のスコット・プルイット氏が起用された。化石燃料回帰によりパリ協定から離脱に動けば、世界経済だけでなく地球を危機にさらすことになりかねない。

経済学者の声は小さすぎる

 問題は、トランプ大統領の誤った経済観に対して、経済学者の批判の声が小さすぎることである。もちろん、批判のつぶやきは聞こえる。グローバリズムの進展に警鐘を鳴らしてきたジョセフ・スティグリッツ教授は「2国間の貿易収支にこだわるのは誤りだ。赤字削減で政治的に勝利しても市場経済をゆがめる」と警告する。「特定の企業への脅しは市場経済の原則を傷つける」とも指摘する。

 シムズ理論(物価水準の財政理論)で知られるクリストファー・シムズ教授は「法人減税やインフラ投資など人気取り政策は財源の具体性を欠く。インフレ圧力の抑制が難しくなる」と警告している。そのシムズ教授は、先進国中最悪の公的累積債務を抱える日本には、「財政健全化目標などやめて財政拡大を」と指南しているのだから、皮肉な話である。日本よりトランプ政権にまず厳しく注文をつけるべきだろう。

 経済学者らしい意地をみせているのは、イエレンFRB議長ぐらいである。トランプ政権の財政政策は持続可能ではないと指摘するとともに、移民を制限すれば「米国経済は減速する」と警告している。トランプ政権が打ち出している金融規制緩和にも「金融規制が低成長の要因ではない」と異論を唱えている。

 それでも、トランプ政権の暴走ぶりからすると、米国の経済学者の声は小さすぎる。トランプ政権が大変身しないかぎり、政権入りは経済学者としての将来を損なうことになりかねない。トランプ政権での内からの改革が無理なら、政権外からトランプ政策を正すため先頭に立つしかないだろう。