2018年11月30日から12月1日までアルゼンチンで開かれたG20(20カ国・地域)首脳会議の一コマ(写真:AP/アフロ)
ことし日本はG20(20カ国・地域)の議長国である。6月のG20首脳会議(大阪)では世界経済の不透明感が強まる中で、保護主義回避など協調が試されるが、それだけではすまない。「新冷戦」を超えて、地球をおおう危機を打開することこそ求められる。米ロ中で核軍拡競争が繰り広げられる危険があるなかで、日本は唯一の被爆国として「核兵器なき世界」を先導すべきだ。
地球温暖化は「今そこにある危機」である。トランプ米政権にパリ協定への復帰を迫るときだ。難民問題を「壁」建設でしのぐ自国本位主義は打破しなければならない。貧困問題にみる格差拡大は資本主義の危機でもある。「地球の危機」克服に、G20議長国・日本の責任は重大である。
混迷するG20・出遅れた日本
リーマン・ショックを受けて2008年に創設されたG20首脳会議は、世界経済危機打開に協調し、それなりの役割を果たした。しかし、このところ先進国と新興国との対立や日米欧先進国間のズレが目立ち、機能不全に陥っている。
とくに「米国第一主義」を掲げるトランプ大統領の登場で、混迷は深まっている。昨年のアルゼンチン・ブエノスアイレス首脳会議では、これまで必ず掲げてきた「保護主義との闘い」が宣言から削除されるありさまだった。首脳会議の決裂を恐れた取り繕いだが、これではG20不要論が浮上しても仕方がない。
2019年に日本はやっとG20議長国になった。アジアの先進国として、本来もっと早く議長国になるべきだったが、大幅に出遅れた。リーマン・ショック後10年の日本の低迷ぶりを示している。それだけにG20議長国として「巻き返し」をめざさなければならない。
「保護主義との闘い」を宣言に取り戻すことはもちろん大事だが、文言調整だけでは意味がない。単なる政策協調を超えて、G20を地球危機を防ぐ場に変身させて初めて日本は存在感を示せるだろう。
「核兵器なき世界」を先導する責務
日本にまず求められるのは、「核兵器なき世界」を先導することである。トランプ大統領は中距離核戦力(INF)廃棄条約の破棄を表明して、世界に核危機の恐怖をよみがえらせた。
1987年に米国のレーガン大統領と旧ソ連のゴルバチョフ書記長が調印したINF廃棄条約は、冷戦終結と核軍縮に道を開いた歴史的条約である。それを破棄しようというのは、ロシアが条約違反しているほか、条約の枠外にある中国がINF増強に動いているからだという。これに対して、ロシアも中国も反発している。このままでは、米ロ中の間で核軍拡競争がエスカレートする危険がある。
これに対して、冷戦時代に米ソ対立による核の冬を経験したことがある欧州諸国は警戒を強め、メルケル独首相はINF廃棄条約の維持を強く求めている。
手腕が試される安倍晋三首相(写真:つのだよしお/アフロ)
気になるのは、日本の立場のあいまいさである。最大の同盟国である米国の「核の傘」の下にいるからだろう。中国を含まないINF廃棄条約そのものに難点があるという見方も潜む。しかし、日本は唯一の戦争被爆国である。核軍拡競争の危険に、毅然として警告するのは当然だ。それには、何より核兵器禁止条約に加盟しなければならない。核保有国と非保有国との橋渡し役になるというあいまいな外交姿勢を改めて、唯一の被爆国としての地球責任を果たすことが求められる。そうして初めて米ロ中に真正面から核軍縮を要求することができる。
G20首脳を広島に招け
「核兵器なき世界」を目指すにあたって幸運なのは、安倍晋三首相がトランプ大統領ともプーチン・ロシア大統領とも個人的な信頼関係を築いていることだ。「米国第一主義」で世界から非難を浴びるトランプ大統領に近すぎるのは問題があるし、クリミア併合を強行したプーチン大統領と会談を繰り返すのは疑問である。しかし、ここはこの首脳間の信頼関係を生かすしかない。中国の習近平国家主席とも交流を深めようという矢先であり、関係強化が期待される。
米ロにはINF廃棄条約の維持はもちろん新戦略核兵器削減条約(新START)の継続も呼び掛けるべきだ。米ロが核軍縮を実行するなかで、ひとり核増強に動いた中国には強く警告し、核軍縮を改めて要求すべきだ。米朝首脳会談による「朝鮮半島の非核化」は「核兵器なき世界」に結び付けてこそ意味がある。G20首脳会議には、核保有国の英仏そしてインドの首脳も参加する。米ロ中と同様に核軍縮を求めるべきである。
核廃絶への政治的意思を固めるうえで、G20首脳の広島訪問は有効だろう。核兵器使用がいかに悲惨な結果をもたらすか首脳は自らの眼で知るべきだ。安倍首相には、オバマ前米大統領の広島訪問を一時的な成果にとどめず、G20全体に広げる責務がある。
トランプ政権にパリ協定復帰求めよ
地球温暖化は「不都合な真実」(ゴア元米副大統領)どころか「今そこにある危機」である。海水温の上昇による異常気象は地球をおおう。このままでは、猛暑により夏季五輪の開催もできなくなりかねない。環境制約が高まれば世界経済に直接響く。環境難民など国際政治をも揺るがしかねない。
温度上昇を2度未満に留めようというパリ協定は、温暖化防止の基本となる国際的枠組みだ。そのパリ協定から離脱したトランプ大統領は「地球の敵」になっている。石炭など環境規制の緩和を打ち出したのは選挙基盤を固めるためだが、それ以上に「人間の行動が温暖化の理由とは思わない」と信じきっているからだろう。米国内のキリスト教保守派の一部にある反環境・反科学の姿勢である。
メキシコ・ティファナの国境(2017年)(写真:AP/アフロ)
このトランプ大統領の思い込みを変えるのは至難かもしれない。反環境政策は結局、米国産業の国際競争力をそぐことになると説得するしかない。米国抜きのパリ協定は温暖化防止の効果を不透明にする。逆に米国がパリ協定に復帰すれば、温暖化ガスの最大の排出国である中国との間で環境技術をめぐる競争と協調が生まれる可能性がある。
難民・移民を「壁」で防ぐ危険
難民問題は深刻化するばかりである。国連の難民保護機関、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2017年の難民は6850万人にのぼる。
北アフリカや中東から押し寄せる膨大な難民を欧州連合(EU)だけで引き受けるのは、とても無理な情勢である。難民問題はEU内で極右ポピュリズム(大衆迎合主義)をはびこらせ、政治危機を招いている。
EUの盟主であるメルケル独首相も「100万人受け入れ」という寛大な難民政策が批判を招き、政治基盤を弱体化させた。その一方で、ドイツは移民拡大には取り組んでいる。EU域外からの移民を業種を問わず受け入れる新移民法を閣議決定した。労働力維持のために移民受け入れは、むしろ積極化する方針だ。
これに対して「移民の国」であるはずの米国ではトランプ大統領の反難民・移民政策で揺れている。メキシコ国境の壁建設はその象徴だ。壁建設にこだわるトランプ大統領と中間選挙で下院で多数党になった民主党との対立は年を越えても収束できず、政府機関の閉鎖に終わりがみえない。
たしかに不法移民の急増は様々な問題をはらむが、「移民の国」であったからこそ、多様な文化が融合した。米国という「新世界」をめざした移民たちによって米国は発展し、覇権国家にまでなった。ドイツはメルケル首相の寛容さに足を取られたが、米国はトランプ大統領の非寛容さに足をすくわれる恐れがある。
難民問題は、アフリカ、中東だけでなく、ロヒンギャ難民や中米からのキャラバンなど世界のあちこちに広がっている。国連やEU任せにせず、G20でも真正面から取り組む責務がある。
資本主義を鍛え直せ
G20に求められるのは、資本主義の危機にどう対応するかである。1%の富裕層と99%の層とが対峙する格差は異常である。GAFA(グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾン)という巨大IT(情報技術)企業の独占化を放置したのは「市場の失敗」であり、「政府の失敗」だった。
トランプ大統領と習近平国家主席は再び手を取り合えるのか(写真:ロイター/アフロ)
「勝者総取り」がもてはやされ、優越的地位の乱用が許されるなら、健全な資本主義は機能しない。技術革新の芽も摘み取られる。G20各国の独禁政策の強化が必須である。さらに「グローバル独禁法」の制定を軸に、グローバル経済に見合った国際的な法体系の整備が必要になる。
英仏で導入されたデジタル課税をG20全体に広げるときでもある。金融資本主義の肥大化に対応した金融取引税も導入していい。富裕税導入、所得税の累進制強化、相続税の強化なども必要だ。
資本主義をいま鍛え直さなければ、ポピュリズムを蔓延させる。政治危機が、資本主義と民主主義の連鎖危機を招くだろう。
共倒れ招く覇権争い
核危機、地球温暖化の危機、難民危機、そして格差拡大による資本主義の危機など深刻な「地球の危機」に比べれば、米中間の覇権争いは小さくみえる。
もちろん習近平政権の「中国製造2025」にみる国家資本主義によるハイテク戦略に、米国が神経をとがらせるのはわかる。巨額の産業補助金で打撃を受ければ、相殺関税の対象になるというのが世界貿易機関(WTO)のルールでもある。
しかし、中国のハイテク戦略はほとんどすべてが米国など先進国のキャッチアップ(後追い)である。中国発の独自技術は少ない。キャッチアップを達成したと思ったら、先進国は次の段階に踏み出しているはずだ。
歴史的にみて覇権国に挑戦する国がほとんど「敗退」する。覇権国を乗り越えようとする過大な挑戦のコストの重さに耐えられなくなるからだ。
米中はこれまで築いてきた「相互依存」関係を分断すべきではない。それは米中共倒れの道である。世界経済を混乱に陥れる。むしろ、この相互依存関係を生かしてハイテク技術を人類と地球のために「共同開発」することこそ求められる。G20をそんな新たな協力の場にしなければならない。
日本の「地球責任」は重い
「地球の危機」を防ぐうえで、日本の責任は重大だ。アジアで唯一のG7参加国である。そして唯一の戦争被爆国である。その日本がG20の議長国になったのである。
安倍首相はG20を通じて「地球の危機」をどう防ぐかその道筋を示さなければならない。「新冷戦」の時代だから仕方がないとそれに身を任せるのではなく、「新冷戦」を超えて「地球の危機」打開の先頭に立つことが求められる。少なくとも「地球の危機」に覇権争いをする愚かさを米中に気付かせれば、その意義は大きい。それは回り道にみえて、新冷戦を防ぐ近道でもある。
Powered by リゾーム?