このようなケースで現代の国連PKOは、武力を行使してでもこの人物を助ける「任務への不偏性」を強調し、そのために中立を守ることを退けています。一方、自衛隊はこのケースで「中立」を維持するために、助けることはできません。

 国連PKOも、部隊を派遣する時点では「中立」を重視します。しかし、「PKOの原則と指針」に、現場では中立よりも「任務への不偏性」を優先すると明記しています。

 これに対して日本は憲法への抵触を避けるために、以下に挙げるPKO5原則を定めています。②において「中立的立場を厳守」としており、国連の原則と指針と相容れなくなっているのです。それゆえ、世界で16の国連PKOが実施されているにもかかわらず、現時点で自衛隊部隊の参加はゼロにとどまっています。

 「人道的な見地から行われる」「必要最小限度」の武力行使を認めることで、こうした状況を解消し、憲法前文が定める「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」世界の構築に貢献できると考えます。

PKO参加5原則
①紛争当事者の間で停戦合意が成立していること
②国連平和維持隊が活動する地域の属する国及び紛争当事者が当該国連平和維持隊の活動及び当該平和維持隊への我が国の参加に同意していること。
③当該国連平和維持隊が特定の紛争当事者に偏ることなく、中立的立場を厳守すること
④上記の原則のいずれかが満たされない状況が生じた場合には、我が国から参加した部隊は撤収することができること。
⑤武器の使用は、要員の生命等の防護のための必要最小限のものを基本。受入れ同意が安定的に維持されていることが確認されている場合、いわゆる安全確保業務及びいわゆる駆け付け警護の実施に当たり、自己保存型及び武器等防護を超える武器使用が可能。

リベラル政治家、石橋湛山も重視した集団安全保障

第5項はどのようなケースを想定したものですか。

大野:先ほど言及した、国連憲章42条が定める集団安全保障が実現し、国連軍が形成される事態を想定したものです。この場合は、国連の加盟国として自衛隊を供出できるようにします。ただし、自衛隊はあくまで国連軍の一部として、国連の指揮の下で活動します。日本が主権国家として武力を行使するのとは異なる次元の話になります。

 今のところ、国連軍の形成は考えづらいのが現実です。しかし、憲法は視点を長期に置くべきです。また、先ほどお話ししたように日本国憲法の前提に国連憲章42条があります。日本の安全を国連軍に依存する可能性がある。ならば「国連が主導する集団安全保障に日本が何の関与もしない」という理屈は成り立たないのではないでしょうか。

戦後に首相を務めた石橋湛山氏は、同盟よりも国連を重視し、集団安全保障への参加を研究すべきだと考えていました。戦前・戦中に反戦を貫いたリベラル派の同氏でさえ、集団安全保障への参加を重視していたのですから、改憲にあたって、このテーマを議論しないわけにはいかないですね。

大野:おっしゃる通りで、議論のきっかけとなることを希望します。