統治行為論についてはどう考えますか。これまで、自衛隊のあり方などについて司法は統治行為であることを理由に判断を避けてきた印象があります。統治行為論がまかり通ると、司法によるコントロールは覚束ないものになります。

山尾:ご指摘のように、司法権による行政権のチェック、とりわけ自衛権行使のチェックにおける機能不全を回復するという点からも、自衛権の範囲や統制規範を明確にすることが必要です。

先ほど言及された憲法裁判所はどのような役割を果たすものですか。

山尾:まず重要なのが、政府が法案を国会に提出する前に、違憲かどうか事前にチェックする役割です。その前提として、具体的に特定個人の権利を侵害していなくても、国家行為が憲法違反かどうかを一般的抽象的に判断できる機能が必要です。

 以前は内閣法制局がこの機能を果たしてきました。しかし、安倍首相が人事に介入したため、その判断が信用できないものになってしまいました。こうした状態を是正するのが憲法裁判所です。

 先に見た自衛権を例にとれば、もし、自衛権行使の範囲を憲法で個別的自衛権に限定すれば、仮に政府が安保法制のように集団的自衛権の行使を認める立法を目指しても、憲法裁判所が違憲の判断をし、その法案は成立しないこととなります。

予算からはどのようにコントロールしますか。

山尾:これは研究課題です。戦前・戦中における軍事費は民主的コントロールとは程遠い状況でした。陸海軍の区別すらなく、内容を知る手がかりがない。審議時間も数十分の実質的な「秘密会」でした。

 こうした経験をふまえ、戦後は、「GDPの○%を上限とする」という形で事実上のキャップをかけてきましたが、より積極的に憲法上の統制を及ぼす工夫もありえます。

 例えばドイツは、第87a条「軍隊の設置、出動、任務」の1項で「連邦は、(国の)防衛のために軍隊を設置する。軍隊の数字上の勢力およびその組織の大綱は、予算案から明らかになるのでなければならない」と憲法で規定しています。予算の審議を通じて財政面からも実質的に軍をコントロールするわけです。こうした事例を研究するのは有効でしょう。

集団的自衛権を行使しないからこそ国際貢献できる

集団的自衛権を行使できるようにする必要はありませんか。

山尾:私は個別的自衛権を深化させるべきという考えです。これによって自衛権の行使に明確な歯止めをかけることができる。さらに、国際社会に貢献する際にも戦略的に行動できると思います。

戦略的に動ける?

山尾:そうです。

 この話は集団安全保障*の話とも関連します。私は、日本は国際社会の安全と平和に軍事行動ではない方法で貢献すべきと考えます。例えば停戦合意がなった後の再建を支援することです。武装の解除、職業教育の提供、憲法の制定、民主的な選挙をサポートする。これらを最も高い質で実行してきた国の一つが日本です。

*:国連憲章51条は加盟国が武力を行使できる例外を2つ設けている。1つは「安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置」として認めたもの。これを集団安全保障と呼ぶ。もう1つは自衛権の行使

 日本が、集団的自衛権を行使することなく専守防衛の姿勢を維持していれば、どちらの側にも軍事的に与すことがないわけですから、紛争状態にあったどちらの勢力からも信用を得ることができる。中立の第三国であるからこそ、例えば武装解除といった難しい作業に取り組み貢献できる。

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