例えば一般的な軍隊は国外に展開するのを基本としています。国内にとどまって戦えば、国民に被害が生じますから。しかし、自衛隊の活動は原則として国内にとどまるよう、法制の骨格が作られている。これはある意味で“すごいこと”です。

 自衛隊がこうした特殊な存在であることが、非核三原則や武器輸出三原則、防衛予算のGNP1%枠といった外交政策上の“資産”を生み出しました。参議院議員の猪口邦子氏が軍縮会議で日本政府代表部特命全権大使を務められたことがあります。この時、同氏は日本には「モラル・ハイブランド」にあると発言しました。これは高い道徳心を誇る言葉。日本製の武器が他国の人を殺めていないことを背景にしています。

 最近は、こうした資産が持つ力に限界も見えてきていますが、2014年の時点に議論を戻すのなら、選択肢としてそれでもまだ十分に有効だと思います。

現行の9条が持つ管理・統制機能は十分なものでしょうか。

青井:そうとは言えないでしょう。憲法が制定された当初は想定していなかった事態に対応する中で、自衛官の安全を十分に守ることができない状況や、国際法を独自解釈するような事態が生まれています。

 例えばPKO(国連平和協力)。PKO活動に参加した自衛官は、現地の勢力に拘束された場合、捕虜として扱われるかどうかは定かでありません。

軍人であれば捕虜として扱われます。しかし、自衛官は国内法的には軍ではなく、防衛行政を執行する機関と位置づけられている(憲法73条) 。したがって自衛官は軍人とは言えないからですね。

青井:はい。それに、2014年閣議決定を受けて成立した安全保障法制は、米艦防護を可能にするに当たって、これを警察権の行使として位置づけました。

安倍政権は自衛隊法を改め、日本を守るために活動している米国をはじめとする外国軍の武器等を防護するに際して武器の使用を認めました。

青井:そうですね。同盟国軍の部隊などの武器を守る行為は、国際法に従えば、集団的自衛権の行使と指摘されています。

米国一辺倒でよいのか

北朝鮮の核・ミサイルの脅威が高まる一方です。現行の9条のままで、十分な防衛が可能でしょうか。

 日本の安全保障は日米同盟が前提になっています。その米国の力が相対的に低下してきている。防衛予算も限られているし、中東での戦闘が続き厭戦気分も高まっているため、東アジアにおけるプレゼンスを低下させる懸念があります。その米国をアジアに引き留めておくため、もしくは、米国のプレゼンスの低下を日本が自力で補うため、9条を改める必要があるとの議論があります。

青井:そうした議論が出てくるのは当然です。安全保障環境の変化を認識し、それに対処するための政策を考え、必要ならば改憲する。こうした手順はもちろん必要でしょう。

 それにしても、2014年閣議決定の前に段階に立ち返り、もっと外交政策上の選択肢を増やして考えるべきではないでしょうか。政策について言えば、安倍政権の安全保障政策は対米追従に見えます。独立心の旺盛な国民の中には、これを外交敗北と見る向きもあるでしょう。

 また、中国の力が相対的に強くなっています。米国との関係を強める政策が本当に適切なのか――これについても考える余地があってよいのではないでしょうか。

 改憲を考えるに当たっては、9条だけを議論しても十分ではありません。明治憲法が定めていた軍事大権(注:統帥権や開戦する権限、講和する権限など)の行方も合わせて議論することが必要です。

さきほど触れた憲法73条にも影響が出ますね。

青井:その通りです。ただし、ドラスチックに変更するのは得策とは思えません。安全保障をめぐる環境は刻一刻と変化しています。一方で、憲法は国の根幹を定めるものですから。

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