その現実性はともかくとして、外国への武力によって日本が「平和と安全を維持しその存立を全うする」ことができなる事態が生じたときには武力行使が許容される。安倍政権が言っているのはこういうことです。

 ただ、日本への武力攻撃の着手がない段階では、憲法13条の保障する国民の生命や自由への侵害は生じていません。国民の生命や自由への侵害の抽象的な危険が生じているにすぎないのです。ですから、この段階での武力行使は、憲法13条では正当化できないでしょう。

 安倍政権の解釈が、従来の政府解釈と整合しているというためには、個別的自衛権によって説明される事態の一部を、集団的自衛権で説明してもよいことにしたと説明するしかないですが、政府は、そのようには説明していません。これは大問題です。

1946年の吉田首相の答弁は自衛権の行使を放棄したものではなかった。安倍政権も9条が「国際関係における『武力の行使』を一切禁じているように見える」ことは認めている。安倍政権は集団的自衛権の限定行使を容認しているが、それも13条で根拠づけできる範囲にとどまるわけですね。

 木村さんは、立憲主義の下では、政府が行なう行為にはそれを基礎づける憲法の条文が必要だと主張されています。この意味で現行9条の文言を改める必要はありませんか。少なくとも、国民の間にコンセンサスがある個別的自衛権については「行使できる」と明文化するほうがすっきりします。

木村:日本国憲法には、軍事権に関する規定がカテゴリカルに削除されています。日本の主権者は、日本政府に軍事権を受託していないのですから、日本政府は軍事権を行使できません。

 ですから、自衛隊は、行政権の一種として分類できる防衛行政や、災害対策行政と、外交権の一種として分類できる外国の治安維持協力や復興支援としてのPKO活動のみをしてきました。

 2015年安保法制による限定的集団的自衛権の容認や、武力行使の一体化の懸念がある武器等防護・後方支援については、防衛行政や外交協力として正当化することはできないので、違憲と評価せざるを得ないのです。

 憲法9条、13条と自衛隊との関係が国民から見て理解しづらいということでしたら、わかりやすくなるように改憲してもよいかもしれません。ただし、それは以下のことができる場合に限ってです。

 まず、①従来から認められてきた、日本への武力攻撃の着手があった場合の自衛のための必要最小限度の武力行使と、②2015年安保法制によって付加された集団的自衛権、武器等防護・後方支援とは、性質が異なるので、それぞれに別の条項を定める必要があります。

 従来、憲法が認めるのは①だけだとされてきましたが、2015年の安保法制では②まで認めてしまった。「現状の内容をそのまま書き込む」と言われていますが、そうだとしたら、①と②は別々の内容として発議し、国民投票を第1投票、第2投票に分けるべきでしょう。

 ①について定める場合には、自衛隊をどのように統制するかの明文をおいた方がよいでしょう。具体的には、武力行使する場合の国会の承認手続きをどうするか、予算などの財政規律をどのように行うのか、あるいは、PKO(国連平和維持活動)においてどこまでの行為が許されるのか、などを盛り込めば、許されるラインが明確になるでしょう。

 ②については、安保法制の付帯決議とそれを尊重する旨の閣議委決定で、必ず国会の事前承認が必要だとされています。それも当然、憲法に書くべきですね。

 また、②は2015年安保法制で盛り込まれた内容ですが、現行憲法下では違憲の疑い濃厚です。そこで、安保法制の集団的自衛権や武器等防護・後方支援の部分を停止する法律を作り、②が可決されたら復活、否決されたらそのまま廃止とするのが筋でしょう。