芦田修正が無視されるのはなぜか

9条2項の冒頭にある芦田修正を無視している点も一貫していますね。これには違和感を覚えます。

第九条

①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

木村:目的を達成するために、狭い範囲だけでなく広く一般に規制するというのは法律の世界ではけっこうあることです。例えば「銃を使った強盗を規制したい」という目的があったとします。この場合、強盗のため使用する銃だけを規制する法律を作れば目的を達することができます。しかし、現実には、どこまでが強盗用の銃なのか定義するのは困難ですし、他の目的で許可された銃が強盗に転用されるケースも生じます。ゆえに銃一般を規制する形を取ることがあるのです。

 9条に戻れば、侵略戦争等はしないというのが目的にある。侵略戦争等に要する戦力だけでなく、戦力一般を保持しない方が、この目的をよりよく実現することができる、と解釈しているわけです。

集団的自衛権解釈の隠れた主役13条

集団的自衛権の限定行使を容認する2015年の安保法制は大きなインパクトがありました。それはなぜですか。

木村:問題は9条よりも、13条の解釈でしょう。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利に「最大の尊重」を払うために、認められる武力行使はどこまでなのか。政府は2015年の安保法制までは、外国が日本への武力行使に着手した時に対応することまでと解していました。

 2015年の安保法制は、この議論の構造自体はほぼ共有しつつ、13条でどこまでできるかへの評価を変えたと言えるでしょう。

それは、どういうことですか。

木村:政府は72年の見解で以下の主旨を述べています。

  • 自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置は許容される
  • 日本に対する外国の武力攻撃は、平和と安全を破壊し、自国の存立を全うすることができなくする事態に含まれる
  • これを排除するための武力行使は許容される

 「自国の平和と安全を維持しその存立を全うする」は13条が求めていることです。これに応えるための武力行使は、専守防衛として憲法上認められる。専守防衛として自国への攻撃に反撃する権利は、国際法の文脈では「個別的自衛権」として認められている。つまり、日本は個別的自衛権を行使できることになる。

 この主旨を敷衍すると、日本への武力攻撃以外の方法によって「自国の平和と安全を維持しその存立を全うする」ことができなくなる事態が生じたならば、それを排除するための武力行使も理論的には可能になります。

 そこで安倍政権は、13条で根拠づけできる範囲であれば、国際法の文脈で言う集団的自衛権の行使も認められると解釈することにしたのです。