西:そこが一番の問題なのです。芦田修正を受けて、極東委員会で熱論が交わされ、「戦力」(軍隊)の保持を前提として、シビリアン・コントロールを徹底すべく、66条2項*の導入を強く求めました。政府は極東委員会での議論の中身をまったく知らないまま、極東委員会とGHQ(連合国軍総司令部)の圧力のもとに同条項が入れられたのです。ここに日本国憲法成立過程のいびつさがあり、9条解釈が混迷する根本的原因があるのです。政府はその事実を直視したくないのです。

 私は、9条解釈と66条2項の導入とは不可分の関係にあるという立場です。これは解釈の仕方の問題というよりも、事実関係を直視するかどうかの問題なのです。

*:66条2項 内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。

西さんの改憲案Bは「前項の規定は、国の固有の自衛権の行使を妨げない」としています。こちらの方が、自衛権を行使できることを明示しているので分かりやすいのでは。

西:本来、不要です。自衛権は、国連憲章51条が定めているように、「国家固有の権利」です。念のための規定です。

発案者すら意味を知らない「交戦権」

改憲案Bは現行9条にある「国の交戦権は、これを認めない」を削除していました。西さんは「交戦権」について、当時GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)民政局次長で日本国憲法の草案を作ったチャールズ・ケーディス氏にインタビューされたそうですね。

西:はい、1984年のことです。その後も3回、会見しています。驚いたことに、ケーディスですら「交戦権」の意味をわかっていませんでした。ダグラス・マッカーサー元帥からの指示の中に入っていた文言なので、そのまま採用したとのことです。「もし日本側から削除したいとの申し出があったら応じていたでしょう」と語っていました。

原案をつくった本人ですら意味が分からない文言が入っているというのは恐ろしい話ですね。改憲案Aでこの部分を残したのはなぜですか。意味の分からない規定は削除したほうが分かりやすくなります。

西:「交戦権」は、一般に「国際法上、交戦国に認められる権利」と解釈されています。「国際法上、交戦国に認められる権利」は、武力攻撃してきた敵を殺傷する権利だけではありません。例えば、相手国を占領して地域の行政を実施する権利なども含みます。現行の9条にある「交戦権」を「交戦国に認められる権利」のうち自衛権を除いた部分と解釈すればよいのです。政府もこのように解釈しています。

今回の改憲案Aは「自衛隊の最高の指揮監督権は、内閣総理大臣に属し」としています。自衛隊法7条が定める「内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有する」とは何が異なるのでしょう。

西:「内閣を代表して」の語は、意識して削除しました。「内閣を代表する」ということになれば、閣議を開き、各大臣との調整が必要になるという手続きが必要になるかもしれません。合議体の代表者というより、単独の内閣総理大臣の方が合理的だと考えたのです。

改憲案Aには「政治統制の原則が確保されなければならない」とあります。これは文民統制を定める文言ですね。現行の憲法66条にある「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」では問題があるのでしょうか。

西:「文民統制」というと、防衛省の官僚が制服の自衛隊員を統制することと誤解する人がいます。「軍」の対義語は「文民」ではなく「政治」です。その意味で「政治統制」としました。

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