
西:基本的にはその通りです。「国際紛争を解決する手段として」の戦争は、1928年に署名された不戦条約(ケロッグ・ブリアン条約)の中にある表現です。
不戦条約 第一条
締約国は、国際紛争解決のため、戦争に訴えないこととし、かつ、その相互関係において、国家の政策の手段としての戦争を放棄することを、その各自の人民の名において厳粛に宣言する。
そして「国際紛争を解決する手段として」の戦争は、侵略戦争のことで、自衛戦争は含まないというのが当時の国際理解でした。条約を提案した、米国のケロッグ国務長官(当時)は「自衛権はすべての国家に固有のもの。条約の規定のいかんを問わず、自国領域を攻撃または侵入から守る自由を持つ」と発言しています。したがって日本国憲法9条1項が放棄している戦争は侵略戦争であると解釈するのが妥当です。
1項は「国際紛争を解決する手段として」「武力による威嚇又は武力の行使」も放棄しています。これらも侵略を目的とするもので、自衛のためには放棄していません。「侵略戦争等」といった方がよいと思います。
2項にある「前項の目的」は侵略戦争等の放棄です。したがって、侵略戦争等のための戦力は保持しないと理解できます。
1項と2項を通して考えると、自衛のための戦力保持は可能ということになります。
ただし、9条の2は「戦力」ではなく「自衛隊」の表現を用いました。日本にはまだまだ軍アレルギーが残っていますから。平和を担保するため、憲法に安全保障装置に関する条項を盛り込むのは世界の常識といえます。
政府の従来解釈を踏襲できる
私が提案する9条の2は、自衛隊法3条*、同法7条*を基底においていますから、従来の政府解釈を踏襲することになります。特別に飛躍するものではありませんので、国民に受け入れられるのではないでしょうか。
*:自衛隊法7条 後述
これまで自衛隊は合憲の存在なのか、違憲の存在なのか、もやもやした状態が続いてきました。9条の2によって、これに決着をつけることができます。
日本国憲法は安全保障装置に関する条項を持っていません。73条に追加する必要はありませんか。内閣が担当する重要な権能である「一般行政事務」「外交」「条約の締結」はここに明記されています。
西:9条の2を設ければ不要だと思います。
芦田修正はなぜ無視されるのか
侵略戦争の放棄を明確にするには、西さんがかつて提案された改憲案Bのほうがよくありませんか。「他国に対する侵略の手段として、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使を、永久に放棄する」の方が明示的で、不戦条約を知らない人でも容易に理解できます。
西:改憲案Bは軍を設置することを前提としていました。このため「他国に対する侵略の手段として」と明示することが必要と考えたのです。しかし、今回の改憲案Aは「軍」ではなく「自衛隊」を前提としています。また、シンボルである9条を現行のまま残すことを優先しました。
西さんの9条解釈は、「前項の目的を達するため」という芦田修正を文字通りに受け入れています。現行憲法が国会で審議されていた時の案にはこの文言がなく、単に「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」となっていた。これでは「自衛のための戦力まで放棄することになる」と懸念した芦田均が、放棄する戦力を、「侵略戦争のための戦力」に限定するため「前項の目的を達するため」の文言を入れるよう修正を求めて実現したものです。芦田は衆議院で憲法改正案特別委員会の委員長を務めていました(後に首相となる)。 現行の政府解釈はこの「前項の目的を達するため」の部分を無視しています。これはなぜですか。
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