安倍晋三首相が、憲法9条に「自衛隊の存在を明記する条文を加える改正を目指す」との意向を示したのを受けて、改憲論議がにわかにあわただしくなってきた。果たして、どのように改憲すべきなのか。議論は百家争鳴の様相を呈す。安倍首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」の委員を務めた、憲法学者の西修・駒澤大学名誉教授に聞いた。

(聞き手 森 永輔)

日本国憲法9条の改正案(改憲案A)を公にされました。現行の9条をそのまま残した上で、「9条の2」を追加(注:9条と10条の間に新たな条を設ける場合にこの形を取る)。9条の2では、自衛隊の役割と指揮、統制について定義しています。

 安倍晋三首相が5月、「自衛隊の存在を明記する条文を加える」意向を示しました。安倍首相は西さんの意見を取り入れたのでしょうか。

第9条の2

①日本国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、自衛隊を保持する。
②自衛隊の最高の指揮監督権は、内閣総理大臣に属し、自衛隊の行動については、政治統制の原則が確保されなければならない。
③自衛隊の編成及び行動は、法律でこれを定める。

<b>西 修(にし・おさむ)</b><br /> 駒澤大学名誉教授。1940年、富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、同大学院政治学研究科修士過程および博士課程修了。政治学博士、法学博士。専攻は憲法学、比較憲法学。メリーランド大学、プリンストン大学、エラスムス大学などで在外研究。第1次・第2次安倍内閣の安保法制懇で委員を務めた。主な著書に『いちばんよくわかる! 憲法9条』『世界の憲法を知ろう―憲法改正への道しるべ』など(撮影:菊池くらげ、以下同)
西 修(にし・おさむ)
駒澤大学名誉教授。1940年、富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、同大学院政治学研究科修士過程および博士課程修了。政治学博士、法学博士。専攻は憲法学、比較憲法学。メリーランド大学、プリンストン大学、エラスムス大学などで在外研究。第1次・第2次安倍内閣の安保法制懇で委員を務めた。主な著書に『いちばんよくわかる! 憲法9条』『世界の憲法を知ろう―憲法改正への道しるべ』など(撮影:菊池くらげ、以下同)

西:安保法制懇*の委員を務めたりしたので、憲法について安倍首相に意見を伝える機会は幾度かありました。しかし、今回は私の意見が取り入れられたわけではありません。

*:安倍首相の私的諮問機関。「集団的自衛権は現行憲法下でも行使可能」との内容を含む報告書をまとめ注目を集めた。

西さんはかつて発表した憲法改正案(B)では、現行の9条に修正を加えていました。なぜ今回は現行のまま残したのですか。以前の改正案では以下の太字の部分を修正していました。

第○条

①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、平和に対する脅威の防止と除去に努め、国際社会の安寧を破壊するいかなる行為も、否認する
日本国は、国際紛争の平和的解決に努め、他国に対する侵略の手段として、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使を永久に放棄する。
前項の規定は、国の固有の自衛権の行使を妨げない

西:現行の9条は国民の間に定着しており、象徴的な存在になっています。これを修正するのは心理的な抵抗が強い。なので、残した方がよいと考えました。大切なのは、平和を守ること。そして、そのための安全保障装置として自衛隊を位置づけることです。それを明確にすべく9条の2を加えました。

 この形ならば、9条に関する政府の従来解釈を生かすこともできます。私の解釈を採用すべきだとは思いますが。

9条は侵略戦争等とそのための戦力放棄と解すべき

西さんの解釈はこうですね。9条1項が「放棄」しているのは「侵略戦争」。2項で「保持しない」としているのは「侵略戦争のための戦力」。「認めない」のは「自衛権を除いた交戦権」。したがって自衛のための戦力を保持することは可能――「放棄」もしていないし、「保持しない」ともしていない。

第九条

①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する
②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない

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