木村草太・首都大学東京教授(撮影:菊池くらげ)

 憲法学者の木村草太・首都大学東京教授も、集団的自衛権の限定行使容認は違憲と主張する。その論拠は以下の通りだ。

 「日本国憲法には、軍事権に関する規定がカテゴリカルに削除されている。日本の主権者は、日本政府に軍事権を受託していないので、日本政府は軍事権を行使できない」

 このため「自衛隊は、行政権の一種として分類できる防衛行政や、災害対策行政と、外交権の一種として分類できる外国の治安維持協力や復興支援としてのPKO(平和維持活動)のみをしてきた」

 「2015年安保法制による限定的集団的自衛権の容認については、防衛行政や外交協力として正当化することはできないので、違憲と評価せざるを得ない」

集団的自衛権は「他衛権」

 木村氏は、集団的自衛権は「自衛権」ではなく「他衛権」だともいう。その根拠は「国際司法裁判所が『ニカラグア事件』*をめぐって1986年に下した判決から明らか。この判決は、集団的自衛権を行使するためには、守られる側(この場合はエルサルバドル、ホンジュラス、コスタリカの政府)からの要請が必要であると指摘した」

*:米レーガン政権と、ニカラグアの親社会主義サンディニスタ革命政権が対立。米国は、ニカラグアの空港・石油施設への攻撃、反政府勢力コントラへの軍事援助などを実施。一方、ニカラグアはホンジュラス、コスタリカに軍事侵入するなどした。ニカラグアは米国の行為を違法として国際司法裁判所に提訴。米国は、ニカラグアがエルサルバドルの反政府勢力を軍事的に支援したこと、および、ホンジュラス、コスタリカに軍事攻撃を行ったことに対して、集団的自衛権を行使したと主張した。

 「自衛権は、行使するか否かを自国の判断で決めるものであるべき。『要請が必要』ならば、行使するか否かを判断するのは被害国、すなわち他国。自衛権の行使について他国が判断するというのはおかしいでしょう。従って、集団的自衛権は他衛権であると考えるべき」*(木村氏)

*:この見方に対する反論もある。軍事アナリストの小川和久氏は著書『日本人が知らない集団的自衛権』の中で「(集団的自衛権は)自国の安全を同盟国などの軍事力を使って守る権利」「(集団的自衛権の行使は)自国を含む集団全体を、集団をあげて守る」取り組みと指摘する

 民進党と希望の党が統一会派をめぐる協議(結局、打ち切りとなった)の過程で作成された合意文書からも、集団的自衛権の限定行使を許容することに反対する声が強いことが伺われる。

 同文書に「現行の安保法制については、現憲法の平和主義を尊重し、『専守防衛を堅持する』との原則に基づき、違憲と指摘される部分を削除することを含め、必要な見直しを行う」とある。安保法制のどの部分が「違憲と指摘される」のか明記してはいないが、同法制が成立するまでの議論の過程を考えれば、集団的自衛権の限定行使を許容していることであると考えて差し支えないだろう。

安倍案が抱える課題

 以上をふまえて、安倍案が抱える課題を整理する。自衛隊の存在を9条に明記すれば、「自衛隊」を憲法上の存在とすることはできる。だが、以下の3つの課題が残る。

 まず、9条2項が有効なので、「自衛隊」と「戦力」との不明瞭な関係が解消しない。神学論争の根を断つことはできない。

 第2に、行使できる自衛権の範囲について答えが出ない。「自衛隊」が武力行使できるのはいかなる状況なのか。「集団的自衛権」をめぐる論争が続くことになる。

 第3に安倍案は、国連が主導する集団安全保障への参加やPKO(平和維持活動)などについて、日本の姿勢を示すことができない。この点については、後の回で取り上げる。

(次回に続く)