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ひきこもり時代の経験がロボットの発想の原点

学校に行かなかった経験が、分身型ロボットの発想の原点にもなっています。

吉藤氏:そうですね。ひきこもりをしていた時は本当に辛かったです。とにかく孤独で。他の人よりも勉強も心の成長も大きく遅れているという劣等感、疲弊した家族の顔を見るたびに襲われる焦燥感、家からも出られず、誰にも求められていないという無力感……そういう思いばかりが募りました。人と会うことで自分と比べてしまい劣等感を感じ、さらに人前に出れなくなってしまう。ひどい時はベッドに寝たきりになり、天井ばかりを見つめていました。こんな孤独な状態を他の人に味わってほしくない。そんな思いがオリヒメの開発につながっています。

ひきこもりから脱するきっかけは何だったのでしょうか。

吉藤氏:母親がある日突然「ロボットコンクールに応募したから」と言ってきたのです。もともと手先が器用で、モノを作るのが大好きでした。いつまでもひきこもっている私を見かねて母が応募したんだと思います。このコンクールに出場し、たまたま出会ったのが、私が師匠と呼ぶ工業学校の先生です。世間ではようやく二足歩行ができるロボットが話題になっているような時代に、一輪車に乗るロボットを開発していた。「これはすごい。この人に弟子入りしたい」と思ったんです。そこで残りの中学生活を必死で勉強して、なんとか希望の工業高校に入学しました。

先生を師匠と呼ぶのが面白いですね。

吉藤氏:ああ、これも学校に行かなかったことが影響しています(笑)。マンガばかり読んでいた影響からか、世の中の人には全員師匠がついていると思っていたんですよ。だから、自分の師匠はこの人だと。

工業高校に通って、ロボット作りの基礎を学んだのですか?

吉藤氏:ここではロボットに必要となるプログラミングを学びました。ただ、一番熱中したのは車いすの開発です。私は折り紙が得意だったので、師匠から「特別支援学校での学校間交流のボランティアに行って来い」と言われ、車いすを目にしたことがきっかけです。特別支援学校の生徒たちと仲良くなって車いすを押してみると、あまりの不便さに衝撃を受けました。歩道で車いすが傾いたり、車道から歩道に上がる際の4cmほどの段差が乗り越えられなかったり。特別支援学校の生徒は「そんなもんだよ」と言うけれど、持前の“我慢弱さ”から、「もっと使いやすくできないか」と。そこで高校時代の大半を車いすの開発に注ぎました。

 来る日も来る日もタイヤやいすを改良し、傾かず、段差も楽に乗り越えられる車いすを開発しました。

その車いすで日本最大の科学コンクールに出場し、優勝することになります。

吉藤氏:ありがたいことに日本の大会で優勝し、世界大会にも進出しました。ただ、この時思ったのは、この先もずっと車いす作りをしていきたいのか、ということです。新しい車いすを開発し、喜んでもえらたことは嬉しいのですが、これをずっとやり続けたかったわけではなかった。当時、体が弱く、自分が30歳まで生きることができるのか自信がありませんでした。あと10年しか命がないと仮定して、何をしたいんだろうと。やっぱり自分が心底やりたいことをしなければ、続かないと思いました。

そこでロボットにいきつくわけですね。

吉藤氏:はい。車いすを使っている人と話をすると、「足が悪いから人に会いにいけない」などと孤独を抱えている人が多かった。私自身もひきこもり時代に、とても孤独でした。そこで孤独を解消することに残りの人生をささげよう、孤独を解消するようなロボットを作りたいと考えるようになりました。