「嫁ブロック」すら崩せない人は起業に向かない
3人の起業家がリスク、お金、成功について本音トーク
日経ビジネスRaiseのオープン編集会議プロジェクト第2弾「起業のリアル」では、3人の起業家を招いてパネルディスカッションを開催した(9月7日、東京ミッドタウン日比谷「BASE Q」にて)。「起業のリスクとは?」「起業家にとって成功とは?」などをテーマに語ってもらった。
<登壇者>
・Shippio(シッピオ)Co-Founder&CEO 佐藤孝徳氏
・サイバーステップ社長 佐藤類氏
・MICIN(マイシン)CEO 原聖吾氏
■オープン編集会議とは
読者が自分の意見を自由に書き込める双方向メディア「日経ビジネスRaise(レイズ)」を活用し、日経ビジネスが取材を含む編集プロセスにユーザーの意見を取り入れていくプロジェクト。一部の取材に同行する「オープン編集会議メンバー」を公募し、記事の方向性を議論する「まとめ会議」を実施した。
■参加したオープン編集会議メンバー
入江 清隆 | 大日本印刷 |
桂 千佳子 | 日本語講師 |
鈴木 瞳 | マカイラ |
黒須 香名 | スタディプラス |
田中 宏 | 大正製薬ホールディングス |
原島 洋 | ウェブマスターズ |
松下 芳生 | JPスタイル研究所 |
宮本 英典 | 東京応化工業 |
三輪 愛 | ミニストップ |
山中 啓稔 | TOTO |
山中 康史 | Face2communication |
米川 植也 | セルム |
(注:発言内容は個人の意見であり、所属する企業や団体を代表するものではありません)
■お知らせ■
日経BP社、ならびに日経ビジネスは、「第17回日本イノベーター大賞」(表彰式は2019年2月26日)の部門賞として、創業5年以下のスタートアップ起業家を対象にした「日経ビジネスRaise賞」を新設し、候補者を公募します。自薦/他薦は問いません。奮ってご応募ください。(応募締め切り:2018年10月28日)
>>応募する<<
「お金の対価は『やりたいこと』」
パネルディスカッションに参加したMICIN原聖吾CEO(左)、Shippio佐藤孝徳CEO(中)、サイバーステップ佐藤類社長(右)(写真:北山宏一、以下同)
佐伯真也(日経ビジネス編集):最初にまず、皆さんが起業された時のことを聞きたいと思います。どんなリスクとどんなリターンがあるのか、きっちり計算したのでしょうか? 取材を通じて、「『割に合う』から起業した」という経営者の声も数多く聞きましたが、皆さんはどんな風に考えていましたか。
佐藤類氏(サイバーステップ創業者・社長):私は基本的にあまのじゃくなので、起業によってお金を儲ける、という考え方は間違っていると思うんですよね。学生と話していても、みんな損得とか、善悪とか、二元論で考えている。僕もそれなりにお金を貯めたり、借金したりしましたけど、お金の対価は「やりたいことやる」ということです。22歳の時に創業しましたが、そこまでしか考えていなかったですね。
佐藤類氏
1977年生まれ。98年、国立東京工業高等専門学校卒。2000年サイバーステップを創業。06年マザーズ上場
佐藤孝徳氏(Shippio共同創業者・CEO=最高経営責任者):僕の場合は子供が2人いて、32歳の時に起業したのですが、当時、三井物産で働いていて結構な年収をもらっていました。そこから起業するとなると当然、嫁から「どういうことなんだ」と聞かれるわけですが(笑)、クリアに説明しています。
何がリスクか。僕は三井物産に10年いて、そこそこコミュニケーション能力があって、英語と中国語を話せます。だから、起業に失敗しても仕事はいつでも見つかるだろうと思いました。なので、リスクは大したことないと考えました。一方、20代は三井物産の中で駆け抜けられたんですけど、30代、40代になると後輩の指導をしなければいけなくなる。僕はそういうことをしている場合じゃないなと思ったんですね。
佐藤孝徳氏
1983年生まれ。三井物産を経て、2006年、Shippioの前身企業を設立。煩雑な輸出入事務を簡素化するソフトウエアを開発、事務を代行
佐伯:奥さんは賛同してくれたんですか?
佐藤孝徳氏:リスクはさっき言った程度ですから、むしろ可能性の方が大きいですよね。「成功すればお金持ちになれるし、単身赴任しなくていいから家族との時間ももっと持てるよ」などと言って説得しました。でもそもそも「嫁ブロック(妻に起業を反対されること)をどうする?」とか言っている人は、起業なんてできませんよ。嫁すら説得できていないわけですから。
嫁に対する説明はしましたけど、自分としてはリスクなんて考えていませんでした。うじうじ考えてたら起業しないんじゃないでしょうか。
原聖吾氏(MICIN創業者・CEO):医療系の事業をしていることもあり、人が後悔しないで生きていける社会になったらすごくいいなと心から思っていて、それが社会へのリターンになればいいなと思っています。私自身のキャリアとかリターンとかっていうのは些細なもので、むしろ大きなものにチャレンジすることが大事だなと考えていました。
原聖吾氏
東京大学医学部卒。米スタンフォード大留学を経てマッキンゼー・アンド・カンパニー入社。医療政策の提言に携わる。2015年、MICINの前身企業を設立。AIによる医療情報分析やオンライン診療サービスを手掛ける
佐伯:シッピオの佐藤さんは自分の年齢や持っているスキル、そして年収などを踏まえてリスクを計算したようですが、お二人はいかがですか。
佐藤類氏:僕は高専を卒業した後、1カ月間マレーシアに旅行に行ったり、アルバイトをしたりと、もともと無職みたいな生き方をしていました。3人兄弟の末っ子なので、親も自由にやらせてくれましたね。両親が自営業で、借金も創業にも反対しませんでした。何も失うものがなかったんです。
佐伯:原さんは医師免許をお持ちですが、失敗しても医師に戻れるなと考えたことはありますか?
原氏:そうですね。失敗するリスクはちゃんと考えてなかったのかもしれません。どこかで戻る場所があると思っていたのかもしれませんね。ただ、事業を始めて、そういうことは思わなくなりました。戻る場所があると思っていると、事業にコミットしきれなくなると思うので。
佐藤孝徳氏:会社員でいることの方がリスクだと思いますし、起業家のほとんどは、「リスクあるよなー」ということは考えてないと思うんですよね。
佐藤類氏:あと、僕はシステムエンジニア(SE)として出稼ぎしていたので、会社がだめになってもSEとして稼げると思いました。いざとなったら1人で働いて返せばいいやと。手に職があるので、楽ではありますね。
ただし、やる前にリスクを考える人は、起業なんてやめたほうが良い。やってから考えるんですね。「やべ。資金繰りどうしよ」と思った時に「あ、SEとして稼げる」と思うわけで。
佐伯:皆さん、あまりリスクを最初から考えていないんですね。ところで、事業をしていく中で心が折れそうな時、どう乗り越えましたか?
原氏:創業前のタイミングですが、医療とデータというテーマで事業をしようとなって、エンジニアが必要だとなりました。人脈を手繰っても、なかなかいい人が見つからない。GitHubとかからよさそうな人を探して、いきなりメールを出して勧誘するようなことをしていました。
でも、「やろう」と言っても、そもそも始まらない。その時、どう乗り越えたかというと、一緒にやっていた草間(亮一COO=最高執行責任者)が、「エンジニアがいないなら、私がエンジニアになります」と言ってくれた。テックキャンプに通って、コーディングを勉強して、そこからプロトタイプを作りました。
チームに恵まれましたね。1人だとできることには限界がありますから。1人でコールドコール(これまでつながりのなかった相手にいきなり電話すること)とかコールドメールをしていたら、そこで心が折れていたかもしれません。
足が震えた時も
佐藤類氏:創業した頃の話で陳腐に聞こえるかもしれませんが、内容証明郵便が来たことがあって、その時は足が震えましたね。今振り返れば、内容証明って年賀状みたいなものなのですよ(笑)。でも、23歳の僕はいきなり裁判だと思ってた(笑)。その文書は、弁護士間でいうところの「うやむやにしましょう」ということを意味するものだったみたいで、実際うやむやになったんですけど、震えましたね。
あとは中途で採用した社員からご飯に誘われる時です。だいたい、そういう誘いの3回に1回は退職の話なんですよ。それ以来、人からご飯に誘われるのは嫌になったし、誘うのもトラウマになりました。
受託開発をしていると、2カ月後にしかお金が入らないんです。2、3社、お金を払わないところが出てきて困ったこともありました。そんな時はググるか、社員に頼る。何も知らなくて「VC(ベンチャーキャピタル)」「アーリーステージ」「ハンズオン」といったキーワードでググって、6000万円投資してもらったこともあります。だから困った時はグーグル(笑)。
できるだけ素直に社員を頼ったり、ググってパートナーの会社探したり。打開策がない、ということなんて世の中にはないので、そういう風にやっていけばいいんじゃないでしょうか。
今までなかったことが出来るのが喜び
佐伯:うれしいのはどんな時ですか。
原氏:今までできなかったことが実現するのは本当にうれしいですね。例えばオンライン診療。私も営業で回って、医師に対して「制度が変わってできるようになったんです」と言うんですが、「いやいや診療は対面でやるもの。できるわけない」って最初は言われるんです。でも、だんだん通うことで受け入れてくれて、そのうち「オンライン診療ができるから、患者さんが離脱しないでくれるようになったよ」っていう変化を感じられるとうれしいですね。
佐藤孝徳氏:物流も同じです。「インターネットでなんてできないよ」と言われるけど。エンジニアがうれしい顔をしていたり、社員同士が楽しそうに飲んでいたり、そういうのがうれしいですね。小さな幸せが増えて毎日楽しいです。
佐藤類氏:僕は人を採用することと、従業員の給料を増やすことが何よりも楽しい。きれいごとみたいですけど、売り上げが増えたり株価が上がったりするより、そっちの方がずっと楽しい。人には可能性があるから、こいつを雇ったら10年後こんなことになったとか、そう思って採用したわけじゃないけど、今、中核になってる、とか。その点で、人の採用とか給料増やすって楽しいですよね。そのために利益を増やすし、必要ならリストラをするし、新規事業を立ち上げるんです。
成功とは何か
佐伯:人生の喜びとは何か、といった話にもつながると思うのですが、「起業で成功する」とは、どのようなことなのでしょうか。お金持ちになることですか? 皆さんにとって、成功とは何でしょうか?
佐藤類氏:上場していることを褒められますけど、それが成功というわけではないですね。僕にとっては、上場は単に6000万円出資してくれたVCへの恩返しでしかない。
僕らは、世の中から戦争をなくすことを会社の目的にしています。戦争をやってハッピーな人なんていないから、21世紀は娯楽の世紀にしようと。「世の中から戦争をなくしたい」という話を新卒採用の時にすると、学生には受けます(笑)。
佐伯:壮大な話の後ですが、原さんどうですか。
原氏:ビジョンが実現したら成功です。私自身が医療従事者として、病院でキャリアをスタートしました。肺がんの患者さんは呼吸が苦しくなってしまって、「こんな苦しいって知っていたらあんなにタバコを吸わなかった」って言って死んでいく。そういうのを見て、「こんなはずじゃなかった」と思いながら死んでいく人をひとりでも減らしたい。我々の会社の事業のおかげでそうなった人が少しでも出てきたら成功だなと思います。
佐藤孝徳氏:まだ、成功までが遠すぎて、すぐ出てこないんですけど。起業家とか経営者の仕事って、チームを作って投資家を集めて、どれだけレバレッジをかけて1人でやれないことをすることだと思うんです。僕1人だと、100点満点のテストでも99点が限界。でも僕が何かやって、ここで聞いている皆さんがあと5%本気を出そうとしたら、よくなりそうじゃないですか。みんなが、僕らがやっていることを見て、明日頑張ってみようって思ってくれた、それが成功かな。
「根拠のない自信」はどう身に付ける?
原島洋(オープン編集会議メンバー、ウェブマスターズ):起業の時に、あまりリスクを考えないと。それは「根拠のない自信」とも呼ばれるとも思うんですが、どの段階でそれを身に付けられたのでしょうか。子どもの頃の原体験などが影響していますか?
佐藤類氏:皆さん死んだことありますか? ないですよね。でも、死んでいたかもしれないってことは山ほどあるはずです。
僕の母親は妊娠した時、看護師さんから、「佐藤さん、3人目ですけど、どうします?」と聞かれて、「産みます」と答えたそうです。その時「やめときます」って母が言ったら、僕はこの世にいないわけですよね。だから、何でもやれるって思います。
子どもの時に行方不明になったこともあるし、熊野古道で東西南北が分からなくなったこともある。つまり、いつでも死と隣り合わせというか、皆さんもほとんど死んでるんですよ(笑)。昨日、電車にひかれたかもしれないし。それに比べたら、起業って大したことないですよね。
佐藤孝徳氏:死を意識するのはお勧めです。僕の祖父も会社をやっていて、彼は医療ミスで死んだんですよ。すごくいい経営者で、稼いだお金はフィリピンとバングラデシュに送って学校を作っていて、家訓は「奉仕せよ」。そんないい経営者が、人間ドックでは健康だと言われていたのに、医療ミスで死んでしまった。だから起業するとか、取引先がお金を払ってくれないとか、余裕だなと。
原氏:大学受験とか、努力したことが報われる体験みたいのがあります。事業を始める前に医者を離れて、コンサルタントとして働いた時の経験もそう。わからない世界に飛び込むのは、そのたびにすごく大変ですが、そこで少しやるうちにある程度分かってくる。努力したことに対して報われた体験は何らかの自信を与えてくれているんじゃないかなと思います。
宮本英典(オープン編集会議メンバー、東京応化工業):1人じゃできない、という話がありました。パートナーを見つけることは大事ですが、一緒にやっていける相手をどう探したのですか。
佐藤孝徳氏:まだパートナーとは喧嘩せずにやれています。僕の場合、三井物産時代に3年くらい近いところで仕事をしていましたし、(三井物産時代に赴任していた)北京という特殊な環境の中で、若手のゴルフ会や麻雀などを通じて、いい時も悪い時もお互いのことを見ていました。あとは好きな漫画のシーンとかを話したりして、価値観を共有していますね。
佐藤類氏:創業者の仕事と社長の仕事は違います。創業者の仕事は仲間集めで、社長は従業員の境遇をよくすること。お金があっても優秀な人間がいなかったら何もできないですから。逆に、優秀な人がいればお金なんか集まります。
僕は高専3年生のころから一緒にやる仲間を探していました。自分には実力はないのに、優秀な人間を囲っていましたね。僕は仲間集めしか仕事をしていません。新卒採用も仲間集めの一環だし、優秀な人間がいれば、今の業績くらいにはなります。
原氏:自分と違う人たちと一緒にやりたいなと考えました。僕はどちらかというとおおらかで人と対立するのを好まないんだけど、COOの草間は、プロセスを区切ってやったり、私にも耳の痛いことを日々言ってきたりする。人数が増えても初期メンバーは似た人が多かったのですが、組織として限界があるので、もう少しやんちゃな人たちを入れていこうとか、そんなことを話しています。
■お知らせ■
日経BP社、ならびに日経ビジネスは、「第17回日本イノベーター大賞」(表彰式は2019年2月26日)の部門賞として、創業5年以下のスタートアップ起業家を対象にした「日経ビジネスRaise賞」を新設し、候補者を公募します。自薦/他薦は問いません。奮ってご応募ください。(応募締め切り:2018年10月28日)
>>応募する<<
Powered by リゾーム?