レガシーが変化を阻んでいる

大竹:なぜ、日本は変われないのでしょうか。

米倉氏:大きな理由の一つは、「レガシー」の存在だと思う。社内に既にある資産が邪魔になって、新しい分野に進出できない。典型的な例で言えば、自動車メーカーが電気自動車(EV)に本気で乗り出せないことだよね。レガシーであるガソリン車の存在が、その変化を阻んでいる。

 日産自動車もトヨタもそれぞれ頑張っているけど、遅かれ早かれEVで他社に抜かれる可能性もある。僕自身、テスラに乗っているけど、一度EVに乗ると、もうガソリン車には戻れないと感じる。中国が国策でEV普及を後押ししたら、もう、世界のモビリティー市場がガソリン車中心の市場に戻ることはないと思う。

 「破壊的イノベーション」という言葉があるけど、なぜ「破壊的」という表現になるかというと、それはレガシーを持っている側から見ているからです。破壊される対象として、レガシーがあるからそう呼ばれているんです。

 だけど、米テスラのように、レガシーを持たない側からすれば、それは「破壊的」でもなく、単純に「イノベーション」です。壊す側の人たちは、「壊そう」なんて意識しないで、新しいことをやるのを面白がってどんどんイノベーションを起こしていく。

日本企業は失敗を恐れすぎている

大竹:イノベーションを起こす側と破壊される側では、何が違うのでしょうか。

米倉氏:一つは、目線の高さに違いがあるでしょう。米国のシリコンバレーには欲の皮がつっぱった人もたくさんいるけれど、それと同じくらい壮大なビジョンを持っている人がいる。不治の病を治すとか、世界的な食糧問題を解決するとか。テクノロジーを活用して、志をもって新しいことをやろうとしている。そうした人間が、既存のルールを超えるにはどうしたらいいかを必死に考えている。

 例えば、ライドシェアの米ウーバー・テクノロジーズ。シェアリングの新しいサービスが登場すると、米国は面白がってみんな使う。けれど、日本だとそうはいかない。やれ事故が起きたらどうするのか、既存のタクシー業界をどう守るのか、つまりレガシーをどう守るかに汲々としてしまう。

 本来は、損害保険会社がライドシェア向けの新しい保険を開発したり、タクシー会社がライドシェア向けの新しいドライバーを訓練したりして、ビジネスチャンスにすべきだと思います。しかし、なかなかそうはならない。

オープン編集会議メンバーと議論
オープン編集会議メンバーと議論

大竹:なぜでしょうか。

米倉氏:日本はどこか、社会主義的なんですね。社会主義は富の再分配には適したシステムですが、富の創出には向いていません。それはやはり、資本主義なんです。もちろん、資本主義には弊害があります。格差や公害などの社会問題を引き起こすといった点です。しかし、80年代末に資本主義が社会主義に勝利した時、私たちはこうした社会課題自体も、資本主義の枠組みで解決しようと決めたはずです。

 例えば、2020年の東京五輪。選手などが食事のたびに使い捨てのプラスチックの食器を使いますよね。捨てられるプラスチックの食器の量は膨大です。この食器にリサイクルできる素材を利用すれば、環境に優しいし、五輪を通じて日本自体のイメージも高められます。実はそういた技術を開発しているスタートアップもあるんだけど、間に合うかなあ。

 何が言いたいかというと、日本は技術では決して劣っていないということですけれど、その展開方法において、米シリコンバレーを始めとした欧米と比べて、決定的に後れを取っています。大切なのは、「Fail early」「Fail Often」のマインドセット。失敗して走りながら考え、完成に近づけていく。

 シリコンバレーは、それを「デザイン思考」という形で仕組みにしました。そういう仕組を導入している欧米企業に、日本企業はなかなか太刀打ちできません。

 日本企業の無謬主義が、スピードを決定的に遅くしていると思います。完璧で、事故をゼロにしようとする考え方は、ものづくりの世界では上手くいきましたが、ソフトウェアが主戦場となるこれからの世界では、むしろ足を引っ張ってしまいます。

木戸美帆氏(オープン編集会議メンバー/日産自動車):自動運転で言えば、むしろ消費者のほうが企業よりも前向きにそのリスクを受け入れているのではないでしょうか。積極的に、体験試乗会などにも参加してくれる印象があります。

米倉氏:それはいいですね。米国では、テスラのクルマが自動運転中に事故を起こし、ドライバーが死亡しました。テスラのイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)は遺族には謝りましたが、マスコミに対して謝罪するようなことはしませんでしたよね。例えば日本の会社だったら、すぐに謝罪会見を開いて、開発を中止していたのではないでしょうか。本当のイノベーションを起こすのなら、謝罪会見をして開発を止めるのではなく、むしろ技術を向上させることで死亡事故をなくす、という強いビジョンを発信することも必要でしょう。そもそも、それくらいのビジョンがなければ、イノベーションは起こせません。

小西光春氏(オープン編集会議メンバー/オムロンサイニックエックス):なぜ、日本の企業は謝るばかりで反論しないのでしょうか

米倉氏:「正義」とはすごくやっかいなんです。「正義」の反対は、日本では「悪」と捉えられがちですが、世界では、「正義」の反対は別の「正義」なんです。つまり、お互いに自分が「正義」だと思うことを、徹底的に追求する社会なんですね。

 本来は、ディベートで「正義」同士を戦わせることが必要なんです。世の中は、完全に白黒、善悪では分けられません。自分が正しいと思うことを、主張し、実現していくというのは、イノベーションを起こす上で不可欠な要素です。やはり、そういう素養を身につけるには、社会や組織の中にダイバーシティー(多様性)を作り出すことでしょう。

近田侑吾氏(オープン編集会議メンバー/リンカーズ):イノベーティブなマインドが醸成される組織風土は、会社によってもかなり違いますよね。

米倉氏:ダイバーシティーを作るには、新卒の3割は留学生を採用してみるなど、これまでの経営のやり方を変えなければならないと思います。そうすると、暗黙の了解で物事を進めるといったことができなくなり、一つひとつ説明が求められますから、いろいろと面倒くさいことが起きます。「なぜ働き方改革なんてやんなきゃいけないんだ? もっと働きたいんですけど」といった意見が、どんどん出てくるでしょう。それを全てしっかり説明できなければなりません。

 これはとても大切なことです。今の日本のように、均質化した人たちの方が話は早く進むでしょう。けれども、それでは新しい意見は出ませんよね。「自分たちはどういう価値を、どういう人に提供しているのか」を、もっと自覚して、説明する能力を高めなければなりません。

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