東芝の不正会計が発覚してから、約1年が経過しました。利益の水増し額は合計で2306億円にのぼり、複数の経営陣が引責辞任に追い込まれました。巨額の「粉飾決算」と呼んでも差し支えない会計操作で、証券取引等監視委員会が刑事告発を視野に調査を進めてきました。焦点になっているのがパソコン事業の「バイセル取引」です。東芝はなぜ“打ち出の小槌”のように見かけの利益を増やせたのでしょうか。
東芝はなぜ不正会計に手を染めたのか。結論から先に言えば、稼ぐ力を失った事業の内情を外部の目から隠そうとしたのが理由です。
経営不振の実態が明らかになると、株価が下落するだけでなく、株主や投資家からリストラを迫られることにもなります。東芝の経営陣はそうした事態を恐れ、決算書類をごまかすことで問題を先送りしてきたのです。
ではどのようにして、利益を水増ししてきたのか。不正の金額が最も大きかった、パソコン事業を例に見ていきましょう。
ノートパソコンの先駆者が陥った苦境
東芝は1985年、世界で初めてノートパソコンを世に送り出した業界の先駆者です。しかし、2000年代後半になると業界構造が大きく変わります。パソコンが企業や家庭に広く行き渡り、機能やブランドよりも価格が重視されるようになりました。米IBMは2005年に中国レノボ・グループにパソコン事業を売却。日立製作所もパソコン製造から撤退しました。
高いシェアを武器にスケールメリットを追求する一部のメーカーが勝ち組となる一方、東芝はこの流れに対応しきれませんでした。
東芝のパソコン事業に在籍していた幹部はこう言います。「個人向けパソコン事業は赤字が続き、社内では常に売却や撤退が取り沙汰されていた」。
にもかかわらず、東芝の歴代経営陣は抜本的な対策を取りませんでした。むしろ「バイセル取引」といった手口を悪用して、不振を覆い隠してきたのです。
500億円超を水増しした「バイセル取引」
東芝はパソコンの組み立てを、台湾などの組み立てメーカーに委託していました。こうしたメーカーはODM(受託製造業者)と呼ばれます。
受託製造業者は東芝と比べて、経営規模が見劣りします。そこでパソコン事業では液晶や半導体などの部品を東芝が安く調達し、受託製造業者に再販していました。東芝は安く部品を調達する一方で、その原価を隠すため通常より高い値段で受託製造業者に売っていました。この差額を「マスキング」と呼びます。
受託製造業者はその部品を使ってパソコンを組み立て、マスキングによる上乗せ金額も含めて完成品を東芝が買い戻します。そして最終的に、東芝が消費者に販売します。この取引自体は「部品の有償支給」と呼ばれ、自動車会社なども導入している一般的なものです。
しかし東芝は、この取引の盲点を突きました。
受託製造業者にマスキング価格を上乗せした部品を販売した段階で利益を計上していましたが、その価格が調達時の4~8倍に達することもあったのです。
東芝はさらに、会計期末の月に必要以上の部品を押し込むことで、一時的に利益をかさ上げしていました。これを東芝は売買を意味する「バイセル取引(Buy-Sell)」と呼んでいました。
リーマンショックで「チャレンジ」が激化
バイセル取引が激しくなったのは、2008年のリーマンショックがきっかけです。世界中でパソコンの需要が激減したことで、東芝の売り上げと利益が大幅に減少。何らかの対策が求められるようになりました。
本来なら、事業の競争力を強化して赤字の脱却を目指すべきです。斬新な新商品の開発やリストラなど、様々な戦略があり得るでしょう。しかし東芝の経営陣は会計数値をごまかすことで、不振を覆い隠そうとしたのです。
そこで使われるようになったのが「チャレンジ」という言葉でした。一般的には「挑戦」を意味します。しかし東芝社内では、チャレンジは無理な業務目標の強要を意味していました。
東芝の不正会計を調べた第三者委員会は2015年7月に報告書を公表し、「社長月例」と呼ばれる会議の異様な風景を描写しています。象徴的なのが2012年9月の社長月例です。
当時の社長、佐々木則夫氏はパソコン事業の責任者に対し、「3日間で120億円の営業利益改善」を求めるなど、法令を順守しては達成が難しいようなチャレンジを強要していました。
社長の指示は、上意下達で伝わっていきます。カンパニーごとに定められたノルマは部、課、そして個人へと割り振られ、東芝社内の各所で「パワハラ会議」が横行していました。そして、利益の水増しが続けられていったのです。
不正会計に対して、過去最高の課徴金
こうした不正に手を染めたのは、パソコン事業だけではありません。社会インフラや半導体、テレビなど東芝の様々な事業領域で、利益がかさ上げされていたことが判明しています。その金額は、2009年3月期以降の約7年間で合計2306億円に達します。
決算をごまかすことは、投資家に対する裏切りです。金融庁は2015年12月、東芝に対して金融商品取引法違反(有価証券報告書などの虚偽記載)があったとして、73億7350万円の課徴金納付を命じました。不正会計に対する課徴金としては、過去最高額です。
ただし、これで“けじめ”が十分についたとは言えないでしょう。一連の不正会計で責任を取ったのは、歴代3社長など一部のトップのみで、実際に不正に手を染めた幹部は今も東芝社内に残っています。逆に出世していくケースすらあります。カネボウやオリンパスの事件では、元トップが起訴されています。
メディアの追及も不十分です。多くの新聞やテレビは「不適切会計」という言葉で一連の問題を表現してきました。この言葉は、東芝の発表資料をそのまま使ったものです。
冷静に考えれば、東芝がやってきたことは「粉飾」です。広辞苑(第6版)によると、粉飾決算は「企業会計で、会社の財政状態や経営成績を実際よりよく見せるために、貸借対照表や損益計算書の数字をごまかすこと」。東芝がしてきたことを表現するのに、これ以上適切な言葉は見当たりません。
7年間で2000億円以上の利益を水増ししていた東芝。巨額の不正が長期にわたって露見しなかったのはなぜなのか。何が歴代トップを隠蔽に駆り立てたのか――。
日経ビジネスが報道してきた東芝関連記事に新たな事実を追加した書籍、「東芝、粉飾の原点」が7月15日に発売されます。勇気ある社員の証言や膨大な内部資料を基に、東芝が抱える“闇”に切り込む一冊です。
≪書籍の主な内容≫
【序章】 こじ開けたパンドラの箱
【第1章】 不正の根源、パワハラ地獄
【第2章】 まやかしの第三者委員会
【第3章】 引き継がれた旧体制
【第4章】 社員が明かす不正の手口
【第5章】 原点はウエスチングハウス
【第6章】 減損を回避したトリック
【第7章】 歴代3社長提訴の欺瞞
【第8章】 「著しく不当」だった監査法人
【第9章】 迫る債務超過、激化するリストラ
【第10章】 視界不良の「新生」東芝
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