経済メディアとして、こうした状況を座視してはいられない。東芝問題の本質を報じなければ、日本の経済界に取り返しのつかない禍根を残してしまう。東芝問題から得られる教訓は日本企業のガバナンスを進化させる材料になると、我々取材班は考えていた。

 ただし、通常の取材スタイルは通用しない。東芝は記者会見以外に取材の場を原則として設けていない。日経ビジネスは社長就任時から繰り返し、室町へのインタビュー取材を依頼しているが本書の執筆時点で実現していない。他の首脳陣への依頼も棚上げ状態になっている。経営幹部を夜回りなどで直撃しても、はぐらかされて終わりだ。そこで次のように、誌面とウェブサイトを通じて内部告発を募るという行動に打って出た。

集まった800人の肉声

 東芝では経営陣が「チャレンジ」と称し、通常の方法では達成不可能な業務目標を強制することが半ば常態化していました。同様の経験をお持ちかどうか、強制されたときにどのように対応したのか、率直なご意見をお聞かせ下さい。 アンケートは所属組織名も含め、実名でお答え下さい。内容に応じて、日経ビジネスの記者が取材させていただきます。取材源の秘匿は報道の鉄則です。そのため、このアンケートは所属組織のパソコンおよび組織から支給された携帯電話等で回答しないで下さい。(日経ビジネスオンラインより)

 誌面やウェブサイトを通じた呼び掛けに対し、最終的に800人以上が情報を寄せてくれた。東芝の現役社員はもちろんのこと、OBや取引先が社内の実情を告白。競合の電機メーカーや官公庁の職員も、自らの経験と照らし合わせて東芝の抱える問題を真剣に考えてくれた。手紙による情報提供も膨大な数にのぼり、専用の鍵付きロッカーを編集部に用意したほどだ。それだけ多くの関係者が、東芝の行方を心配していたということだろう。

 情報の確認作業は困難を極めた。書き込まれた内容が真実かどうか、どのような意図で書き込まれたのかは、文面からは判断しかねるからだ。内容も千差万別で、上司の不倫を告発するといった私怨に満ちた書き込みがある一方で、東芝の上層部に深く食い込まなければ知り得ないような情報もあった。

 日経ビジネスは8人の取材班で可能な限り告発者に直接対面し、事実関係について裏付け調査を重ねてきた。複数の証言を付き合わせ、公式文書を漁り、数字の齟齬を潰していった。確認できた情報は、日経ビジネスオンラインで連日報じた。これが共感を呼んだのだろう。取材班に寄せられる情報の質と量が、加速度的に高まっていった。

 それが、冒頭の記事に加え、「第三者委と謀議 室町社長にもメール」(日経ビジネス2015年11月23日号)、「原発幹部さえ疑う『64基計画』」(同2015年12月7日号)などスクープにつながった。こうした報道が一つのきっかけとなり、東芝は2016年4月26日、ウエスチングハウスを含む原子力事業で2600億円を減損処理すると発表した。