6月28日の午前9時過ぎ。小雨が降る中、東芝株主は千葉県のJR海浜幕張駅から幕張メッセを目指して歩いていた。天候不順のせいなのか、東芝が経営危機に陥っているせいなのか、株主の足取りは心なしか重い。
千葉県の幕張メッセで開かれた東芝の株主総会。スタッフが金属探知機を使って安全確認をしていた
東芝は例年、東京・両国の国技館で定時株主総会を開いてきた。幕張メッセで開催するのは2015年9月と今年3月の臨時株主総会など、特別なときに限られる。駅から幕張メッセに向かう道には、「お土産、お弁当はご用意致しておりません」との看板。かつては国技館の焼き鳥弁当が名物だったらしいが、15年に粉飾決算が発覚した後、弁当は廃止された。ある株主は「今回は両国だと思ってたのに」と残念そうな表情を浮かべていた。
午前9時半、異例のプレスリリースを配信
株主の関心は弁当よりも東芝の先行きだろう。米原子力子会社ウエスチングハウス(WH)の経営破綻が原因で、2017年3月期は約5816億円の債務超過に陥ったとみられる。ただPwCあらた監査法人からの「適正意見」は得ていない、あくまで「見通し」の数字だ。綱川智社長ら経営陣は4月、監査法人のお墨付きを得たうえで17年3月期の決算を5月中旬までに発表するとしていたが、その“公約”は守られなかった。
午前9時半、東芝が異例ともいえるプレスリリースを発表した。内容は債務超過脱却の切り札とするフラッシュメモリー事業の売却の進捗状況について。産業革新機構を軸とする「日米韓連合」に優先交渉権を与えたものの、「当事者間による調整等に時間を要している」として交渉が続いているという。綱川社長は6月23日の記者会見で「28日(の株主総会まで)をメドに契約したい」と説明していたが、またも約束を果たせなかったわけだ。
60代の男性株主は「許せない。今日だって米原発事業を担当していた志賀(重範・前会長)とロデリック(ダニー・ロデリックWH前会長)は来るのか。過去の投資の失敗は仕方ないけど、はやり説明責任は果たさないとダメだ。株主だから大きな声では言えないけど本当は倒産させたほうがいい」と語気を強める。
ただ多くの株主はあきらめの表情だ。「かれこれ6~7年間、東芝株を持っている。経営陣に対して怒っても仕方ない。(倒産して)株の価値がゼロになるかもしれないから、頑張ってもらうしかない」(60代の男性株主)、「頑張ってほしいけどね。でもメモリー事業の売却先だって結局決まらなかったんでしょ。今日が最後の株主総会かもしれないし、顔を出すことにした」(別の60代の男性株主)との声が相次いだ。
6月28日はあいにくの雨。来場者は1000人を下回り、「お土産、お弁当はご用意致しておりません」の看板を持つスタッフも心なしか寂しそうだ
会場入り口では金属探知機を用いた手荷物チェックが実施されていたが大きな混乱もなく、総会は定刻通り午前10時に始まった。登壇した綱川社長は「審議に入る前にお詫びを申し上げます。本来なら年度決算を報告すべきなのにできていません」と陳謝し、壇上の東芝経営陣が株主に対して一礼をした。
その後、綱川社長自らの口から、17年3月期決算の監査手続きの進捗、18年3月期の業績見通し、前期に米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)を申請したWHや、メモリー事業売却の進展状況、今後の成長戦略について説明した後、質疑応答に入った。
メモリー事業売却への質問が相次ぐ
質疑応答が始まったのは10時40分過ぎ。まずは事前に株主から受け付けた質問について、半導体事業を担当する成毛康雄副社長が一括で回答していく。
質問内容は、原子力事業からの完全撤退の可能性や、新会社に移籍する従業員の労働条件、企業風土改革の取り組み、今後の人員削減など多様だが、事前質問なので成毛副社長の回答は流暢だ。例えば門外漢であるはずの原子力事業からの撤退については「資源が少ない我が国にとっては原子力発電は引き続き重要。メンテナンスや廃炉などを含めて社会的責任を進めていく」と回答していた。
会場からの質問を受け付けたのは午前10時50分過ぎから。長丁場になるのを警戒してか、綱川社長自らが原則1人1問、発言は2分以内と釘を刺したうえで始まった。
質問が多かったのがメモリー事業の売却交渉の行方だ。
株主の1人の質問は「なぜ優良事業を売却するのか。すでにメディカル事業も売却した。高く売れるとこから売っている印象を受ける。一方で、優良部門を抱えたまま上場廃止になって、再上場を目指すこともできた。『虎の子』を売るのか残すのか、2つの道があったはずなのに売却を選ぶ理由がわからない。日本航空(JAL)や西武鉄道(現西武ホールディングス)は上場廃止したあとに企業価値を高めたのになぜか」と問いただした。
これに対し綱川社長は「(最先端の)3次元メモリーの研究開発費用に加えて、生産面でも年間数千億円の設備投資がかかる。今の状況では投資を続けられない。財務基盤を回復し、社会インフラを軸に社会に貢献していく方針なのでご理解をいただきたい」と説明した。
また別の株主からは「(協業先の)米ウエスタンデジタル(WD)が邪魔しているように見える。マスコミはもめて面白いかもしれないが、我々株主は困る。バックに米国政府の影もちらついている」との質問が飛んだ。
半導体を率いる成毛副社長は、「WDは1年前に(競合先の)サンディスクを買収し、その後、合弁会社を運営している。表に出てくるのは敵対的な情報だが、一つ言っておきたい。日常のオペレーションは共同で実施している。一方で事業売却には反対姿勢を打ち出している。経営に参画したいという。歩み寄るところは歩み寄り、一日も早く解決したい」とあくまでも関係回復に努める姿勢を強調した。
また別の株主からは「メモリーの売却事業について、韓国メーカーが入っているのに技術流出の懸念がないと、なぜ言えるのか」との質問が飛び、成毛副社長が「SKハイニックスは米ベインキャピタルへの融資ということで詰めている。議決権を持たないので名前は入っていない」と説明に追われた。
成毛副社長の「眼帯」が会場を和ます
ただ厳しい質問が飛ぶ中で会場を和ませたのもメモリー売却に関する、ある株主の質問だ。「毎年いくつかの株主総会に出ているが、金属探知機の検査を受けたのは始めてだ。もしかして脅迫状でも届いたのか。先程から説明に立っている成毛副社長が眼帯をしている。そんなことはないと思うが、暴漢に襲われて傷を負ったのか。メモリー売却で忙しいからだと思うが心配だ」
これには議長である綱川社長も笑いをこらえられない様子で、会場からも苦笑が漏れた。金属探知機については法務担当の櫻井直哉上席常務が「テレビでも報道され多数の株主の方が訪れる。皆様に何かあってはならないということで実施した」と説明。眼帯については成毛副社長自身が「先週日曜日に外で掃除をした時に、こけてまぶたのところに傷がついた。目は大丈夫だが見てくれが悪い(ので着けている)」と説明する一幕もあった。
破産手続き中のWHについては当時の経営陣への非難も相次いだ。「昨年、WHの損失が明るみに出た。当時率いていたのは志賀さんだろう。粉飾も含めて責任があるはずだ。今年2月に辞めて以降、志賀さんは一度もマスコミ含めて説明がない。仲良しクラブなのか東芝の役員は」。 株主の1人が厳しく問いただすと、開場から拍手が起きた。
だが、綱川社長は「原発については志賀の件も含めてお詫びを申し上げる。志賀は既に会長を退任し、総会で執行役も退任する。今後このようなことがないように改善していく」と回答するのみ。志賀氏は会場入りしたものの発言はせず、会場は騒然となった。
さらに別の株主も続ける。「WHの経営トップの刑事責任、損害賠償請求についてどう考えているのか。違法に会社に損害を与えた特別背任なのではないか」。これに対し法務担当の櫻井上席常務は「買収プロセスとしては情報の精査はしており、現時点では(東芝として)個人的な不正や背任は特に見出していない。一方本件については当局の調査が行われている。状況を見ながら最終的に判断したい」 との回答にとどめた。
「グリーン車に乗るのか?」
眼帯と並ぶ総会のハイライトは、「東芝が好きだから」株を保有している株主の質問。社長のコスト意識について、「京セラでは稲盛さん(和夫・名誉会長)以外、新幹線のグリーン車に乗らないと聞く。綱川社長はグリーン車なのか、飛行機は(ビジネスクラスか)、公用車は使っているのか。かつて経営危機に陥ったJALのトップは株主総会で答えてくれた。こんな状況なら、ここに公用車では来ないよね。公共交通機関を使ってきたんでしょ」と詰め寄る。
これに対し綱川社長は「グリーン車は時間に応じて使う。飛行機は私の場合、(中国はエコノミーだが)遠い場所ではビジネスにしている。社用車はセキュリティーの面で使っているが全体としては減らしている。これ以上の詳細は回答を控える」とし、早々に次の質問に移った。
出席株主数は昨年と比べて半減
その後も厳しい質問が飛んだものの、質疑応答は総じて落ち着いた雰囲気で進んだ。取締役選任など2つの議案は賛成多数で可決し、午後1時09分に幕を閉じた。質問者数は過去最高の29人で、時間は過去4番目の長さとなる3時間を超えたが、昨年の定時株主総会のように怒号が飛び交うことはほぼなかった。出席株主数は984人。国技館で開催した昨年の定時株主総会には2089人が出席した。悪天候と幕張という場所を考えても、寂しい結果だ。
株価下落に直面した15年当時と比べて、東芝の経営危機を自身の問題と捉えた株主は少なくなったのかもしれない。綱川社長をはじめ時折笑顔を見せた東芝経営陣にとって、株主からのプレッシャーが弱まったことを意味する。
実際に東芝は、総会が終了した直後の午後2時には、協業先のWDに対して不正競争行為の差し止めを求める仮処分と、1200億円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴したと発表した。午後5時にはメモリーを製造する四日市工場(三重県四日市市)の新製造棟への投資も明らかにし、「WDとは協議中だが参加しない場合は単独で投資する」とした。
友好関係をアピールしていた株主総会直後に、WDに対して真逆のゆさぶりをかけた東芝経営陣。総会中何度も「お詫び」を繰り返したものの、株主軽視との批判は免れないだろう。
米原子力事業の巨額損失、大黒柱のフラッシュメモリー事業の“売却”……。かつての名門企業はなぜ、崩壊の危機に瀕してしまったのでしょうか。
勇気ある社員の証言や膨大な内部資料を基に、東芝が抱える“闇”に切り込んだ『東芝 粉飾の原点』。東芝の現状を理解するのに必須の一冊です。
≪書籍の主な内容≫
【序章】 こじ開けたパンドラの箱
【第1章】 不正の根源、パワハラ地獄
【第2章】 まやかしの第三者委員会
【第3章】 引き継がれた旧体制
【第4章】 社員が明かす不正の手口
【第5章】 原点はウエスチングハウス
【第6章】 減損を回避したトリック
【第7章】 歴代3社長提訴の欺瞞
【第8章】 「著しく不当」だった監査法人
【第9章】 迫る債務超過、激化するリストラ
【第10章】 視界不良の「新生」東芝
情報をお寄せください。東芝関係者以外からも広く求めています。
東芝、三菱自動車、東洋ゴム…
企業の不正事件が後を絶ちません。ひとたび不祥事が発覚すれば、社長が謝罪し、お飾りの再発防止策が発表され、事件は幕を閉じようとします。ただ、それで問題は解決したのでしょうか。
原因を究明しない限り、組織の再生はありません。「日経ビジネス」では、読者の皆様からの情報をお待ちしています。
アクセス先 http://nkbp.jp/nbpost
取材源の秘匿は報道の鉄則です。そのため所属機関のパソコンおよび支給された携帯電話などからアクセスするのはおやめください。
郵送でも情報をお受けします。
〒108-8646 東京都港区白金1-17-3
日経BP社「日経ビジネス」編集部「企業不正取材班」
※送られた資料は返却しません。あらかじめご了承ください。
Powered by リゾーム?