様々な不安に揺れていた現場。これらを払拭したのは売却先であるキヤノンの対応だったという。本拠地である栃木県大田原市を訪れたキヤノンの御手洗冨士夫会長兼CEO(最高経営責任者)は「最大限の独立性を保ったまま成長に向けて邁進してほしい」と激励。漠然とした不安を抱えていた現場には「ひとまず安心感が生まれていった」(宮口常務)。

 メディカル事業売却後も東芝の経営危機は深刻化の一途をたどり、「キヤノン入りの不安を抱えている暇がなくなった」(宮口常務)という側面もある。「東芝って経営危機なんでしょ?」。売却後も社名が「東芝メディカルシステムズ」ということもあり、海外顧客を中心に東芝本体に対する質問をされることも多い。10年以上のサポートが求められる医療機器。「キヤノンブランドを確立しなければ顧客を奪われかねない」(宮口常務)との意識も芽生える。混迷する経営危機が東芝メディカルシステムズの現場社員の気持ちを切り替えさせたのは、何とも皮肉な話といえる。

 キヤノングループ入りして半年が経過。現場レベルでは東芝メディカルシステムズとキヤノンの融合に向けた協業も進み始めている。瀧口社長が期待するのがキヤノンの十八番といえる生産性向上への取り組みだ。「生産活動として10の共同プロジェクトが進行している。少なくとも2ケタ(1割)以上、生産性は高まるのではないか」と瀧口社長。技術開発部門では約50の共同開発案件が検討されているという。

 「東芝の行方にはメディカル社員も様々な思いを抱えていると思う。だが、我々には過去を振り返る暇はない」と瀧口社長は話す。東芝メディカルステムズは18年初頭をメドに「キヤノンメディカルシステムズ」に社名変更する予定。キヤノンとして医療ブランドを確立していけるかが、今後の成長を占う試金石となる。

 そんな新たなブランド創造を急ぐ東芝メディカルシステムズに対し、国内での東芝ブランド復活に動くのが、中国・美的集団に売却された東芝ライフスタイルだ。

「何もかもが変わった」

 「外資に売却されるんだから、『不安がなかった』と言えば嘘になる」。こう振り返るのは東芝ライフスタイルの洗濯機事業部で技術開発を主導する今井雅宏・技師長だ。

 16年6月末に株式の8割を売却し、美的集団傘下に入った東芝の白物家電事業。「中国資本傘下では厳しいリストラが待ち受けるのでは」と感じ、自ら去って行く社員も少なくなかった。

 確かに美的傘下に入り、「何もかもが変わった」(今井技師長)。だが人員削減や給与カットなどではなく、変わったのは成長に向けた施策の数々。組織は製品単位で事業部制が敷かれ、「必要であれば開発投資は活用できる」(同氏)。一時、自己都合などで減った開発者数も「この1年で2割は増えた」という。

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