日経ビジネス2017年6月26日号の特集「東芝の“遺言”」では、当事者能力を失いつつある東芝経営陣の混迷ぶりを描いた。懸念だったフラッシュメモリー事業の売却交渉では、6月21日に官民ファンドの産業革新機構、日本政策投資銀行、米投資ファンドのベインキャピタルなどのコンソーシアムを優先交渉先に決めた。2期連続の債務超過を回避すべく、最終合意に向けた詰めの調整が続いている。

 経営危機に陥った15年以降、東芝は財務体質の改善に向けて事業売却を進めてきた。主力事業ではメディカル事業をキヤノン、白物家電事業を中国家電大手の美的集団にそれぞれ売却した。メモリー事業よりもひと足早く、東芝から「巣立った」形となる2社の現状はどうなのか。幹部や現場社員の声を聞いた。

 5月26日の午前10時。栃木県宇都宮市で開催された「日本超音波医学会」の第90回学術集会の併設展示会場に、東芝メディカルシステムズの瀧口登志夫社長の姿があった。

日本超音波医学会の併設展示会を訪れていた東芝メディカルシステムズの瀧口登志夫社長(撮影:北山宏一)

 目的の一つが、5月18日に発表したばかりの超音波診断装置の評判を確かめること。展示会場の会場と同時に、現役の医師たちが実力を試そうと東芝メディカルシステムズのブースに押し寄せており技術的な質問が相次ぐ。評判は上々で、瀧口社長ら同社メンバーは安堵の表情を浮かべた。

 粉飾決算発覚前にはメモリー、原子力に次ぐ「第3の柱」と位置付けられていたメディカル事業。優良事業だったものの、経営危機の影響を受けて投資は抑制。「成長に向けて数百億円単位のM&A(合併・買収)案件を最終的に諦めざるを得なかったこともあった」(瀧口社長)。

 東芝再建に向けて、メディカル事業の売却が取りざたされたのは15年末。国内外の大手メーカーや投資ファンドによる争奪戦を勝ち取ったのは精密大手のキヤノンだった。2016年3月末に最終合意し、同年12月に晴れてキヤノン傘下に入った。

現場は漠然とした不安が先行

 売却先がキヤノンに決まった時点では、現場には「何とも言えない漠然とした不安感が蔓延していた」(東芝メディカルシステムズの宮口俊哉常務)という。長期にわたって勤めて来た東芝への愛着もさることながら、キヤノンの社風が果たして合うのかどうかが見通せなかったからだ。営業面での不安もあった。財務基盤は盤石で高いブランド力を持つキヤノンだが、あくまでもカメラや複合機の世界での話。医療機器の分野では東芝ブランドの認知度が高く、営業部門からは「販売への影響を懸念する声もあった」(宮口常務)という。