東芝は3月14日、この日が期限だった2016年4~12月期連結決算の発表を再度延期すると発表した。米原子力子会社ウエスチングハウス(WH)の内部統制問題をめぐり、監査法人から決算の承認が得られなかったのが原因だ。WHの経営者が部下に対して「不適切なプレッシャー」をかけた問題で、追加調査が必要な状況に追い込まれた。
記者会見した綱川智社長は「独立監査人のレビュー報告書を受領できていない。ステークホルダーの皆様には、改めて深くおわびを申し上げます」と陳謝し、4月11日までに決算を発表する方針を示した。
3月14日の会見中、綱川智社長は時折笑顔すら浮かべた(写真:竹井 俊晴、以下同)
3月14日は東芝にとって極めて重要な意味を持っていた。翌3月15日に、東芝の命運を左右する2つのイベントがあるからだ。
まずは東京証券取引所への「内部管理体制確認書」の提出だ。東芝は3月15日付で監理銘柄(審査中)に指定される。2015年に発覚した粉飾決算で特設注意市場(特注)銘柄に指定されて以降、内部管理体制を改善できていなかったからだ。
東芝は昨年12月に東証からWHなど関係会社の管理不備を指摘され、3月15日をめどに確認書の再提出を求められていた。もし東証が内部管理体制の改善を認めなかったら、上場廃止となる。決算を適時適切に発表するのは、上場会社の責務である。東芝は2月に既に延期している。だからこそ3月14日には、きちんと決算を発表して内部管理体制の改善を東証に示す必要があった。
もう一つは、3月15日に東芝本社で開催予定の「金融機関向け説明会」だ。特注銘柄に指定され市場からの資金調達が事実上できない東芝にとって、銀行からの融資を維持することが生き残りに欠かせない。三井住友銀行やみずほ銀行など主力行は東芝を支援する方針だが、一部の地方銀行は融資姿勢の見直しを始めている。
東芝向け融資の一部には「財務制限条項」が付けられており、利益や格付けが一定水準を下回ると即時返済を求められる。東芝は昨年末時点で債務超過に陥り、条項に抵触したとみられる。3月15日の説明会に先立って決算を発表し、金融機関の不安を払拭することが求められていた。
ところが東芝は、またも決算を発表できなかった。決算抜きの“丸腰”で2つのイベントに臨むわけにはいかない。その代わりとして3月14日にひねり出したのが、「今後の東芝の姿について」と題する再生計画だった。
東芝取締役で監査委員会の委員長も務める佐藤良二氏(左端)は決算が2度にわたって延期されたことについて「追加調査が必要」と述べた。左から2人目が原発事業を統括する畠澤守・執行役常務、3人目は平田政善・執行役専務)、右端は綱川社長
発表資料によると、WHの過半の株を売却して非連結化し「海外原子力事業のリスク遮断」を実施する。一方で、稼ぎ頭のフラッシュメモリー事業を切り離して外部資本を導入することで「債務超過の解消と財務体質強化」につなげる。そのうえで、社会インフラ部門を軸とした「新生東芝」に生まれ変わり、着実な成長を目指すとしている。
東芝は2015年12月21日に「新生東芝アクションプラン」を発表し、粉飾決算で傷んだ企業風土の改善と構造改革の断行を表明している。だが内部統制の問題から決算発表すら満足にできず、原発をめぐって7000億円規模の損失を計上する姿からは、東芝が「新生」に失敗したことは明白だ。
「なぜもう一度、新生東芝というキャッチフレーズを使うのか」
記者会見で筆者が綱川社長に問いかけると、こんな答えが返ってきた。「今回のことで、東芝はまた振り出しに戻ったと考えている。新たな気持ちで新生東芝に取り組む。私にとっては再チャレンジだ」。
何度振り出しに戻れば、東芝は新生できるのだろうか。
フラッシュメモリー抜きでも「2100億円」の利益?
綱川社長は、フラッシュメモリーとWHを除いた“残り”を新生東芝と定義した。2019年度に売上高で4兆2000億円(16年度予想は3兆9634億円)、営業利益で2100億円(同1416億円)を目指すとしている。
構成するのはエレベーターや空調などの「社会インフラ」に加え、火力発電や国内原子力などの「エネルギー」、そしてHDDやシステムLSIなどの「電子デバイス」など。これまでの経営方針では必ずしも主力とは位置づけられなかった事業分野だが、今後は成長が見込めるという。
極めて“チャレンジング”な計画だが、現時点では「絵空事」と言わざるを得ない。理由は大きく2つある。
1つ目は、WHが「非連結化できる」との前提に立っていることだ。東芝グループにおけるWHの位置づけを見直すことで、綱川社長は「海外原子力事業のリスクを遮断する」と述べたが、具体的な道筋は示さなかった。
東芝は米国の原発建設に関し、7125億円の減損損失を計上する見込みを既に発表している。畠澤守・執行役常務は「将来のコストを保守的に見積もり、大きな数字の変更はないと考えている」と14日の記者会見でも強調したが、「損失が7000億円程度で済むと思ったら大間違いだ」とWHに駐在経験のある東芝関係者は指摘する。(東芝存続には、WHの“破産”以外に道はない)。
WHは発注元の電力会社と「固定価格契約」を結んでいる。建設工事コストが一定額を超えると、超過分は電力会社ではなくWHが支払う。東芝とWHの想定以上に工事が難航したら、数千億円規模の追加損失が発生するリスクもある。
こうした状況に置かれているWHを、誰が買ってくれるのか。相手によっては、東芝がお金を払わないとWHを引き取ってもらえない可能性もある。原子力は安全保障と直結するため、東芝の一存で売却先を決められないという事情もある。14日の会見で綱川社長は「売却についてはできるだけ早くするが、細かいことはまだ言えない」と述べるにとどめた。
WHにチャプター11(米連邦破産法11条)を適用し、原発建設から撤退するという選択肢もあり得る。東芝は親会社として約8000億円に達するWHの債務を保証しているが、ずるずると建設を続けるよりも破産法を適用して損失を確定した方が、傷は浅くて済むとの見方は根強い。麻生太郎財務大臣が3月10日の会見で言及するなど、WHの破産法申請は不可避との見方が強まっている。
WHが破産すれば、東芝の事業切り売りはさらに加速?
仮に申請して認められれば、既に傷んでいる東芝の財務基盤がさらに毀損する可能性が高い。損失額次第では、事業の切り売りを加速する必要が出てきそうだ。だが今回の「新生東芝」プランが、こうした原発の損失リスクを考慮しているとは思えない。
むしろ畠澤執行役常務は「チャプター11は東芝が決めるものではなく、WHが判断する」と発言し、記者らを煙に巻いた。東芝はWH株の90%を握る親会社だが、子会社の決定に従うのだという。
3月14日に開かれた会見には記者と証券アナリストが多数、詰め掛けた
2つ目の理由は、東芝を真の意味で「新生」させる担い手がいないことだ。
米原発事業での巨額損失の責任を取り、原子力事業を長く率いた志賀重範氏が会長を辞任。ダニー・ロデリック氏は東芝の社内カンパニー社長を解任された。だが、両氏のみに責任があるとはとても言えない。
綱川社長は2015年9月の株主総会で取締役に選ばれ、2016年6月に社長に就任した。損失の原因となったCB&Iストーン・アンド・ウェブスター(S&W)の買収時には、経営陣として関わっていた。その後もWHを十分に統治しきれず、損失が膨れあがっていることに気付けなかった。
3月14日の記者会見で綱川社長は「会計問題や原子力の損失計上で困難と痛みを伴う改革が必要だ」と述べたが、東芝のある幹部は「(綱川社長に)求心力はまったくない」と打ち明ける。
「私の進退は指名委員会に任せている」と綱川社長は説明したが、その指名委員会も十分に機能しているとは言いがたい。指名委員会委員長を務める小林喜光氏(三菱ケミカルホールディングス会長)は昨年5月、志賀氏を会長として選んだ理由として次のように述べた。
「若干グレーだと思われているが、原子力という国策的な事業をやるうえで、余人をもって代えがたい」
原子力を重視してグレーな人物を選んだ判断が、東芝に何をもたらしたのか。結果は周知の通りだろう(志賀前会長がWH本社で語った東芝凋落の本質)。
「現行の監査委員会の役割ではない」
他の社外取締役も「無機能化」(内部統制に詳しい八田進二・青山学院大学教授)している。
監査委員会委員長の佐藤良二氏は14日の記者会見で、決算を2度にわたって延期したことについて「財務数値の監査に問題があったのではなく、内部統制に不備があったという特殊なケースだ」と繰り返した。内部統制を強化するのは、監査委員会の重要な仕事のはずだ。
WHが内部統制の問題を抱えていることは、佐藤氏が監査委員長に就任した2015年9月時点で明らかだった。日経ビジネスが減損隠しを指摘したのは、同年の11月である。筆者は同年12月7日の記者会見で「社外取締役や監査委員会が主体となって、WH問題を調べ直すつもりはあるか」と佐藤氏に質問した。第三者委員会が意図的にWHを調査対象から外し、問題が隠蔽されてきたと考えていたからだ(スクープ 東芝、室町社長にも送られた謀議メール)。佐藤氏はこのように返答した「それは、現行の監査委員会の役割ではないと思っている」。
10万通のメールをチェック中
今後の焦点は、4月11日までの4週間で追加調査を完了させられるかどうかだ。佐藤氏は「10万通にも及ぶメールを分析し、それに基づくインタビューなどを実施している。問題が判明するたびに追加調査をする必要がある」と述べた。一方で、「1年半前から比べると企業体質自体は改善してきていると認識している」と佐藤氏は強調した。
東芝の再生計画を軌道に乗せるには、まず決算を確定させることが不可欠だ。確実な数字がない状態で、将来予想など立てようがない。決算が早期に発表できたとしても、原発のリスクをどう「遮断」して損失を限定するかの道筋は不透明なままだ。綱川社長が掲げる「新生東芝」が絵空事で終わることは、誰も望んでいないはずだ。
米原子力事業の巨額損失、大黒柱のフラッシュメモリー事業の“売却”……。かつての名門企業はなぜ、崩壊の危機に瀕してしまったのでしょうか。
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【第4章】 社員が明かす不正の手口
【第5章】 原点はウエスチングハウス
【第6章】 減損を回避したトリック
【第7章】 歴代3社長提訴の欺瞞
【第8章】 「著しく不当」だった監査法人
【第9章】 迫る債務超過、激化するリストラ
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