現地の工事をよく知る米電力会社の関係者はこう指摘する。「WHが作ったAP1000の設計は、極めて“チャレンジング”だった。机上の設計図は美しかったが、現場で実際に試してみると設計通りにできあがらない。確認作業や工事のやり直しが繰り返されて工期がずるずると伸び、想定以上にコストが膨れあがった」。
AP1000のコンセプトは、狭い設置面積で出力を高めること。「出力を高めるには原子炉を大型化して、多くの燃料棒を搭載する必要がある」(米電力会社関係者)。ここで一つの矛盾が生じる。
大型化して重くなった原子炉を支えるには、鉄筋を増やして構造を強化することが求められる。また、原子炉の冷却機能に関する配管や制御用のケーブルなどにも影響する。しかし、原発全体の設置面積には限りがある。狭い場所に多くの鉄筋や配管が集中することになり、お互いに干渉するようになった。
「NRCは安全や性能に関わる領域では部品レベルまで細かく審査する。一方で、建設図面などの詳細設計はWHなどプラントメーカーに任されている。審査を通った部品をどう組み立てるかという、全体調整の部分で多くの問題が発生した」(東芝原子力部門の元幹部)。
各メーカーが作った部品や機器を原発の建設現場に持ち込み、実際に組み立てたり据え付けたりする段階で、設計図では分からなかった問題が頻発した。鉄筋や配管などが邪魔をして、想定通りに工事が進まなくなったのだ。
配管と鉄筋が入り組んだ「スパゲッティ」
WHは中国でも4基のAP1000を受注し、現在建設している。その事情をよく知る技術者はこう打ち明ける。「配管やケーブルが複雑に入り組んでいて、まるでスパゲッティのようだった」。
困難な設計でも、現場で工夫して実際に作り上げられれば問題はない。原発建設を続けてきた中国では、設計図を解釈して最適な工法を選べる熟練作業員や現場監督が豊富にいたため、“スパゲッティ”のような配管レイアウトが可能だったと考えられる。
だが米国では同じことができなかった。1979年のスリーマイル島事故以来、30年以上にわたって原発の新設が凍結されたことで優秀な人材が流出。建設現場で求められるノウハウの伝承が途絶えていたためだ。
ある配管を設計通りに据え付けるには、複数箇所の溶接が必要だとしよう。机上の設計ではできることになっている。だが実際に現場に足を運ぶと、既に設置されている配管が邪魔をして作業するスペースがない。あるいは、作業員の溶接スキルが不足していて隣のケーブルを焦がしてしまうといったミスも相次いだ。
WHの社内は「サイロ化」が深刻で、部門ごとの風通しが悪かったと複数の関係者は指摘する。コミュニケーション不足により、ミスの教訓が共有されないこともあった。
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