東芝は3月14日に1カ月遅れで決算を発表し、米原発事業について7000億円規模の損失を計上する見通しだ。だが米ウエスチングハウス(WH)が手掛ける建設工事が難航すると、さらに数千億円規模の損失が発生するリスクが出てきた。米連邦破産法11条の申請が現実味を帯びてきた。
「損失が7000億円程度で済むと思ったら大間違いだ」
米ウエスチングハウス(WH)に駐在経験のある東芝関係者は、匿名を条件にこう打ち明けた。
「米国の原子力発電所を作るのにどれだけコストがかかるのか、経営陣ですら分かっていないだろう」
再び寄せられた数十人からの内部告発
東芝は3月14日、1カ月延期していた2016年4~12月期連結決算を発表する予定だ。事前の予想通りなら、米国の4基の原発建設プロジェクトに関して7125億円を減損損失として計上することになる。2月14日の記者会見では「現時点からプラントが完成するまでのコストを保守的に積みあげた」と同社の畠澤守・執行役常務は説明したが、追加損失リスクがゼロになったとはとても言えない。
WHは発注元の米電力会社から「固定価格契約」で原発の建設工事を請け負っている(東芝の“思い上がり”が生んだ原発「無限責任」)。建設コストが一定額を超えたら、超過分は電力会社ではなくWHが支払う。東芝とWHの想定以上に工事が難航したら、数千億円規模の追加損失が発生するリスクもある。
東芝の原子力事業がなぜこれほどの苦境に陥ったのか。そして今後、立ち直る方法はあるのかどうか――。この答えを知るため、日経ビジネスは誌面とウェブサイトを通じて情報提供を求めてきた。それに応じる格好で、2016年冬以降、東芝の現役社員を含む数十人の関係者から内部告発が寄せられた。
複数の取材を基に導いた結論は次の通りだ。
東芝が生き残るには、WHにチャプター11(米連邦破産法11条)を適用し、原発建設から撤退するほか道はない。
理由は大きく2つある。「米国で建設中のAP1000(注:原子炉の型式)には設計に関する問題がある」。そして「今のWHの体制では、納期通りに建設するのは難しい」。
東芝は親会社としてWHの債務を保証している。破産法を申請して原発を完成できないまま撤退すれば、8000億円近くの違約金を支払うよう米電力会社から求められる恐れがある。財務状況が厳しい東芝にとって容易に取れる選択肢ではない。それでもなお、原発建設から撤退した方が傷は浅くなると、複数の関係者は指摘する。
これから、東芝の原発事業が落ち込んでいった“底なし沼”を掘り起こしていこう。
東芝は2006年、約6000億円を投じてWHを買収した。狙いの1つは、WHが開発していた「AP1000」という原子炉を手中に収めることだった。東芝はBWR(沸騰水型軽水炉)方式の原子炉を手掛けていたが、海外ではPWR(加圧水型軽水炉)方式が主流。世界市場に打って出るため、PWRの最新機種であるAP1000が是が非でも欲しかったのだ。
AP1000は当時、「画期的な原子炉」(日本エネルギー経済研究所原子力グループの村上朋子・研究主幹)との評価を受けていた。蒸気発生器やポンプの数を大幅に減らしたことで構造を簡素化しつつ、独自の安全対策も取り入れた。WHは「AP600」という60万キロワット級の原子炉を開発していたが、AP1000なら同等の設置面積で100万キロワット超まで出力を高められるのが特徴だった。
原発の建設コストはある程度、コンクリートや配管といった資材の物量に比例する。狭い場所で建設可能なAP1000を採用すれば、全体のコスト削減につながると考えられていた。
WHは2008年、米国で4基の原発建設を相次いで受注した。サウスカロライナ州の「VCサマー2/3号機」とジョージア州の「ボーグル3/4号機」だ。いずれもAP1000が採用された。
航空機衝突に備えた設計変更など、厳しく審査
だがすぐには着工できなかった。米原子力規制委員会(NRC)が、AP1000の安全性などを厳しく審査したからだ。航空機の衝突対策など複数の設計変更が求められ、許認可審査もやり直しとなった。
結果、WHが提出した「設計認証図書 (Design Control Document)」をNRCが承認したのは2011年。その後、建設運転一括許可を得て、原発の建屋建設に着手したのは2013年のことだった。
WHが2011年に提出した「設計認証図書 (Design Control Document)」
ところが、建設はすぐに壁にぶち当たる。2013年7月28日、WHのCFO(最高財務責任者)を務めていた「T」は、同社のダニー・ロデリック社長兼CEO(最高経営責任者)や志賀重範会長ら約40人に宛てて「週報」をメールで送った。日経ビジネスが入手した電子メール記録によると、週報は英語と日本語で書かれている。
件名:WEC CFO Weekly Report (July22-July26)
2012年度監査がようやく終了し、監査報告書へのサインが7月23日に完了しました。のれんの減損については最終的にNPP(新規建設)で▲6億7600万ドル、NA(オートメーション)で▲2億4900万ドル、合計▲9億2600万ドルと巨額の減損を認識することになり、誠に申し訳ありませんでした。
WHには当時4つの事業部門があり、AP1000向けの機器製造やエンジニアリングを担当する「新規建設」が不調に陥ったと「T」は分析した。その結果、2012年度の単体決算で約762億円の減損処理を実施し、WHは赤字に転落した。2013年度も状況は好転せず、約394億円の減損を計上している(スクープ 東芝、米原発赤字も隠蔽)。
現地の工事をよく知る米電力会社の関係者はこう指摘する。「WHが作ったAP1000の設計は、極めて“チャレンジング”だった。机上の設計図は美しかったが、現場で実際に試してみると設計通りにできあがらない。確認作業や工事のやり直しが繰り返されて工期がずるずると伸び、想定以上にコストが膨れあがった」。
AP1000のコンセプトは、狭い設置面積で出力を高めること。「出力を高めるには原子炉を大型化して、多くの燃料棒を搭載する必要がある」(米電力会社関係者)。ここで一つの矛盾が生じる。
大型化して重くなった原子炉を支えるには、鉄筋を増やして構造を強化することが求められる。また、原子炉の冷却機能に関する配管や制御用のケーブルなどにも影響する。しかし、原発全体の設置面積には限りがある。狭い場所に多くの鉄筋や配管が集中することになり、お互いに干渉するようになった。
「NRCは安全や性能に関わる領域では部品レベルまで細かく審査する。一方で、建設図面などの詳細設計はWHなどプラントメーカーに任されている。審査を通った部品をどう組み立てるかという、全体調整の部分で多くの問題が発生した」(東芝原子力部門の元幹部)。
各メーカーが作った部品や機器を原発の建設現場に持ち込み、実際に組み立てたり据え付けたりする段階で、設計図では分からなかった問題が頻発した。鉄筋や配管などが邪魔をして、想定通りに工事が進まなくなったのだ。
配管と鉄筋が入り組んだ「スパゲッティ」
WHは中国でも4基のAP1000を受注し、現在建設している。その事情をよく知る技術者はこう打ち明ける。「配管やケーブルが複雑に入り組んでいて、まるでスパゲッティのようだった」。
困難な設計でも、現場で工夫して実際に作り上げられれば問題はない。原発建設を続けてきた中国では、設計図を解釈して最適な工法を選べる熟練作業員や現場監督が豊富にいたため、“スパゲッティ”のような配管レイアウトが可能だったと考えられる。
だが米国では同じことができなかった。1979年のスリーマイル島事故以来、30年以上にわたって原発の新設が凍結されたことで優秀な人材が流出。建設現場で求められるノウハウの伝承が途絶えていたためだ。
ある配管を設計通りに据え付けるには、複数箇所の溶接が必要だとしよう。机上の設計ではできることになっている。だが実際に現場に足を運ぶと、既に設置されている配管が邪魔をして作業するスペースがない。あるいは、作業員の溶接スキルが不足していて隣のケーブルを焦がしてしまうといったミスも相次いだ。
WHの社内は「サイロ化」が深刻で、部門ごとの風通しが悪かったと複数の関係者は指摘する。コミュニケーション不足により、ミスの教訓が共有されないこともあった。
深刻なのは原子炉の冷却機構や格納容器のような、安全に直結する機器で配管干渉などが発覚した場合だ。「配管の長さが1メートル伸びるだけで冷却能力は変わってくる。重要な機器の配置や設計を変える場合はNRCに申し出て、安全性に問題が無いことを認めてもらう必要がある」(米国の規制に詳しい専門家)。
配管の設置場所を変更すると、機器や構造物の「重心」が以前とは異なってくる。レイアウト変更に伴って新しい鉄筋で補強したら、別の鉄筋と干渉してしまうこともある。こうして一つの部品の設計変更に伴い、複雑な構造計算をやり直すケースが頻発した。過去に据え付けた部品や機器についても、遡って配管や鉄筋の構造を見直すこともあったという。現場では「工事は無限に続き、いつまでも完成しないのではないか」(東芝幹部)との声が聞かれるようになった。
着工してから既に4年が経過したが、現時点で完了したのは3割程度。建設工事が本格化するのはむしろこれからで、今後も想定外の設計問題が発生するリスクは無視できない。記事の冒頭で「損失は7000億円では済まない」と東芝関係者が懸念したのは、今なお工事の行く末が見通せないからだ。
なおWHは日経ビジネスの取材に対し、工事が遅れているのは「航空機衝突などに備えた設計変更や許認可の遅れが原因だ」とコメントした。建築図面などの詳細設計が理由ではないとしている。
東芝はテコ入れに動いたが・・・WHが受け入れず
ただし建設工事におけるコスト超過の問題は、東芝の原子力部門では4年前から周知の事実だった。2013年にWHが単体赤字に転落したことからも明らかだ。だが、東芝経営陣はこの問題にメスを入れられなかった。「半ば独立国のように振る舞うWHを、東京の本社が制御できなかった」(東芝幹部)からだ。
決して無策だったわけではない。「2013年から14年にかけて、電力システム社の首脳が旗振り役となり、スーパーゼネコンの技術者など100人規模のチームをWHに送り込む計画があった」と、原子力部門の元幹部は振り返る。日本国内では東日本大震災までは各地で原発建設が続けられており、設計や施工に精通した人材が米国に比べて豊富にいる。こうしたプロの力を借りようとしたわけだ。
ところが計画は上手くいかなかった。「WHは東芝の介入を嫌がり、都合の悪い人材を片っ端から断ってしまった。結局、派遣できたのは10人程度だった」(原子力部門の元幹部)。さらに「日本と米国では工事のやり方が異なると主張し、改善提案が聞き入られることはなかった」(同)という。
2015年に入ると粉飾決算が発覚。同年7月には歴代3社長を含めて経営陣が一斉退陣し、東芝本体の経営が混乱した。そのため、WHを制御するのはますます困難になっていった。
一方で、発注元の電力会社は次第に神経を尖らせていった。建設コストの負担や納期の変更などで協議がまとまらず、原子炉などを供給するWHと土木工事を担当する米エンジニアリング会社シカゴ・ブリッジ・アンド・アイアン(CB&I)などとの間で、一部は訴訟に発展した。
そうした状況で持ち込まれたのが、CB&I傘下のストーン・アンド・ウェブスター(S&W)の買収話だった。S&Wを買収し、WHが機器供給だけでなく土木工事や施工管理まで一括して担うことが、電力会社が訴訟を取り下げる条件になっていた。買収の事情をよく知る関係者によると「2015年7月に話があり、10月までに決断することを迫られた」という。
当時の東芝にとって、最大の懸念事項は約3500億円に達するWHの「のれん」だった。電力会社との係争が深刻化してWHの収益計画の見直しが迫られれば、のれんの減損処理が現実味を帯びる。これを回避するため、WHはS&Wの子会社化を決めた(東芝、原発事業で陥った新たな泥沼)。
訴訟を和解する引き替えに電力会社が求めたのが、前述の「固定価格契約」だった。原発が完成しない限り、WHは無限にコスト負担を求められる。そうして東芝とWHは先の見えない“底なし沼”に落ち込んでいったのだ。
2020年末に原発が完成しないと追加損失も
東芝は2月14日、原子力事業を率いてきた志賀氏が会長を辞任し、ロデリック氏を東芝の社内カンパニー社長から解任すると発表した。今後は綱川智社長が指揮を執り、米原発の完成を目指すことになる。だが情勢は極めて厳しい。
ロデリック氏は2016年5月、米ジョージア州の原発建設現場で日経ビジネスなどの取材に応じた。その際に示した建設進捗率は20~30%にとどまっていた。東芝によると2017年3月時点でも「進捗率は30%程度」(広報)という。「配管干渉などの問題は解消に向かっている」(東芝幹部)との声もあるが、1年近く工事が足踏みしている格好だ。
WHは2月以降、米電力会社に対して数カ月の工期延長を申請している。VCサマー2号機は2020年4月、同3号機は2020年12月に完成する見込みだという。WHはこれまで工期の延長を申請して認められてきたが、これが最後の機会となりそうだ。
米政府は2005年の「包括エネルギー法」で、電力会社に対する融資保証などの優遇措置を定めた。その中に、2020年末までに運転開始した原発については、一定の税金を控除するとの規定がある。海外電力調査会の試算では、「WHが建設するAP1000型の場合、1基当たり最大で11億ドル(約1250億円)の税金が控除される」という。工事の遅れが原因で税制優遇が受けられなかった場合、電力会社が東芝とWHに損害賠償を求める可能性が出てくる。東芝は本件について「電力会社側の事情なのでコメントできない」(広報)としている。
想定通りに建設工事が進まなかった場合、WHは「固定価格契約」によってコスト超過分を負担する必要がある。さらに税制優遇関連の賠償を求められると、追加の損失額は数千億円規模に膨れあがる恐れがある。
WHが破産法の適用を申請して認められれば、こうした複雑な契約や将来の債務を整理できる可能性がある。金融機関や米政府などとの調整が必要になるため実際に申請できるかは不透明だが、リスクを限定するには最善の方法だろう。法的整理を通じてWHが身軽になれば、新たな支援先が登場することも期待できる。このままの体制でずるずると建設工事を進めるだけでは、再生への道筋は描けない。
麻生太郎財務大臣は3月10日の閣議後記者会見で、WHの破産法に関して「(3月)31日までに決まらないと(損失が確定できず)東芝も決算を出しにくい」と述べた。WHは東芝の経営問題にとどまらず、日米の政治問題にもなりつつある。
米原子力事業の巨額損失、大黒柱のフラッシュメモリー事業の“売却”……。かつての名門企業はなぜ、崩壊の危機に瀕してしまったのでしょうか。
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