好きなモノの近くにいたい

 「俺の理想の嫁を作りたかった」。そう熱弁して、LINEの舛田淳取締役CSMO(最高戦略マーケティング責任者)を唸らせた趣味全開の企業経営者がいる。東京の秋葉原に本社を構えるゲートボックスの武地実CEO(最高経営責任者)だ。舛田CSMOはゲートボックス(当時の社名はウィンクル)の武地CEOから製品の説明を受け、「その場で出資を決めた」という。

 ゲートボックスが開発するのは、透明スクリーンに投影されたキャラクターとコミュニケーションができる高さ50センチメートルほどの装置だ。インターネットに接続していて、キャラクターが天気を教えてくれたり朝になったら起こしてくれたりする。「俺の嫁」とは、熱狂的に好きなキャラクターのことを指す、いわゆるオタク用語だ。

ゲートボックスの武地実CEO(左)と、開発するデバイス(右)(写真:Bloomberg/GettyImages)
ゲートボックスの武地実CEO(左)と、開発するデバイス(右)(写真:Bloomberg/GettyImages)

 武地CEOは「好きなものの近くにいたいって、人間の本質的な欲求の一つだと思うんです」と話す。好きなアイテムがあれば手に入れたいし、好きな有名人には会いたくなる。キャラクターのホームロボットを作ろうと思ったのも、「好きなキャラクターと一緒に過ごしたかったから」と話す。

 武地CEOは「2025年には7割ぐらいの人が会話するAIを持っていて、そのうち3割がバーチャルなキャラクターになっているかもしれない」と予測する。これが実現すれば、その開発をする技術者は2025年には数千万円の報酬を受け取っていても不思議ではない。そしてこの予測は、あながち的外れとはいえない。

「オタク文化」がAIの壁を超える

 2025年にはAIスピーカーが登場して10年になる。2007年にiPhoneが登場し、2016年には日本でスマホの普及率が7割を超えたことを思えば、会話するAIの普及率が7割を超えても不思議ではない。そのうち3割のシェアというと、スマホで言えば米アップルの世界でのシェアを上回るほどだが、人間と対話するAIの課題を考えるとあり得ないともいえない。

 「人間と変わらない返答ができても、AIと人間のコミュニケーションは難しい」。米IBMのAI「Watson(ワトソン)」に詳しい人間中心設計専門家の羽山祥樹氏は、そう指摘する。例えば、質問の書き込みにAIが答えるシステムでは、人間が答える同様のサービスに比べて罵倒や批判の書き込みが顕著に多くなるという。

 相手がAIだと知っていると、人間のような対話は難しい。多くの企業を悩ませる難題だ。米アマゾン・ドット・コムがAIスピーカーのキャラクターに「アレクサ」という人の名前を付けたことや、ソニーのペットロボットaiboが、あえて会話機能を持っていないのは、この難題を乗り越える鍵がキャラクター性にあるからだ。

 「いわゆるオタクと呼ばれる人の中には、それこそキャラクターと一緒に住んでいるかのような生活をしている人がいるんです」(武地CEO)。漫画やアニメのキャラクターの誕生日を祝ったり、一緒に旅行したりという設定でブログを書く人もいる。キャラクターは、実在しないと承知した上でも対話の相手として認識され得る存在なのだ。

 このような趣味を突き詰めた仕事は、価格競争のような市場の原理の影響を受けにくそうだ。2025年に稼げる新職業に就くには、自分の趣味を追求し続けるのが案外近道かもしれない。

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